ついに苦痛の時間が始まってしまった。
 でも1次会は長くても3時間程度なはず。2次会は確実に断るつもりだから、ここをなんとか耐え抜けさえすれば、心は解放されるだろう。

 そう覚悟を決めた俺は周囲を無視するが如く、君と二人きりの世界に入るよう無理に努めた。
 たとえこんな賑やかな場所であろうとも、二人の空間を築けさえすれば、時間なんてあっというまに過ぎ去ってしまうだろう。俺はそう期待したんだよ。
 そして君も俺のそんな気持ちを快く察してくれていたんだ。

 乾杯が終ると、君は微笑みながら俺だけを見つめてお喋りを始めた。
 周囲の雑音から俺を守ってくれるかの様にしてね。

 俺は君の心遣いがとても嬉しかった。気持ちの部分で俺と君は通じ合っているんだって思えもしたから。
 でも俺達の意図は即刻に破綻してしまう。
 開始から5分と経たずして、陸上部の中でも最もアクの強い奴が俺達にからんで来たんだ。

 よりによってコイツが初めかよ。俺は嫌悪感を抱かずにはいられない。
 だってまだ乾杯してから大して時間は経っていないのに、そいつはすでに生中を3杯ほど飲みほしているんだ。
 そしてテンションは恐ろしいほどに高揚している。

 思えばコイツは俺と君が付き合い始めた事を誰よりも嫉んでいたはずだ。
 ならば間違いなく嫌味を言いに来たんだろう。

「少しくらい大会で良い成績を取ったからって、調子にのるなよな!」って感じにさ。

 俺は奴から投げ掛けられるであろう卑劣な言葉を受け止める為に身を強張らせた。
 だってその言葉の中身次第では、打ち上げをブチ壊すほどに衝動を暴発させてしまうかも知れないのだからね。
 君がテーブルの陰から上着の袖をそっと摘んだ行為からして、俺が醸し出す焦燥感はわずらわしさを抑えきれていなかったんだろう。

 拳にベトついた汗が溢れて来る。次の瞬間に自分が何を仕出かすか分からない。
 そんな鬱屈した気持ちの中で、しかし俺の耳に聞こえて来たのはまったく予想しない言葉だったんだ。

「お前があんなにも頑張れる男だったなんて、俺は誤解してたみたいだよ。それに今日のお前の走りには、こっ恥ずかしいけど感動しちまってな。
 正直見直したっつうか、スゴイ奴だったんだなって思ってね。今まで陰で色々と悪口とか叩いちまったけど、悪かったよ」

 顔を真っ赤に染め上げた彼は、そう言って俺に握手を求めて来た。
 彼の素振りからして、その言葉の心意が本物なんだと言う事が伝わって来る。