明日へ馳せる思い出のカケラ

 でもまだその時は俺と本気で付き合おうなんて思ってはいなかったんだよね。君はただ、あの日の痛ましい記憶に苛まれる事から逃れたいだけで、それは震えながら縮こまる自分自身を誰かに慰めてもらいたいだけだったんだ。
 そして都合良くも同じ時を共有した俺という存在がそこにあった。

 冷え切った気持ちと体をゆだねるには格好の相手だったんだろう。かつてほんの僅かだけど、淡く想いを馳せた相手なんだからさ。
 でもそこからの君は俺と一緒だったんだね。触れ合う時間を増やすたびに、体をからめてその温もりを直接感じるたびに、君は俺の事を心から愛おしいと感じる様になってくれたんだ。

 そんな君がいつも俺の傍で見守っていてくれる。これ以上の励みが他にあるはずも無く、俺は暑い夏の日を全力で駆け抜ける事が出来たんだ。

 そんな夏のとある週末に、俺は君を皇居の外苑を回るジョギングデートに誘った。
 実は最近また一つ君の特徴に気が付いたんだ。そしてその特徴が本物であるのか確かめたいが為に、俺は休みの日だというのに君をジョギングに誘ったんだよ。

 はじめ君はそれについて難色を示してためらったね。一般の人が数多く行き来する皇居の外苑で、汗だくになった姿をさらす事に抵抗感を覚えたのかも知れない。
 でも俺が気付いた君の素質とも言うべき隠れた才能は、絶対に当たっているはずなんだ。

 君自身すら気が付いていない素質。きっと俺以外には誰もその事に気が付いていないはずなんだ。
 だってそれに気付くには俺という存在が不可欠であり、また俺と君とが共有する陸上競技なる環境が契機となっていたんだからね。

 彼女が倒れてからというもの、君の陸上部での立ち位置は大きく変わった。それは今更言うまでもない。君は走り幅跳びの競技から身を引いたんだ。
 でもその代わりに俺と一緒に走る事を選んだ。別にそこには長距離走選手として上を目指そうとしたわけじゃない。ただ単に俺のすぐ傍にいたかっただけなんだ。
 ただそこで眠っていた君の才能が、微かに、でも確かに目を覚ましたんだよ。

 君に走る事を進めたのは他の誰でもない、俺だった。キッカケはちょっとした俺の照れ隠しだったんだ。
 幅跳びを辞めた君は、グラウンドの外側から走る俺を見守っているだけだったからね。でも俺からしたら、つらい練習で歪んだ痛々しい表情を君に見せつけているようで気が引けたんだ。だから俺は君にも同じ厳しさを味合わせ、君の苦しい表情をお返しとばかりに見たかったんだ。

 ズルい男だよね、俺って奴はさ。君は頑張っている俺の姿を応援していただけなのに、勝手な自分の思い込みで過酷な環境に君を引き入れたんだ。

「走ってる時は辛いけど、でもゴールした時の満足感は気持ち良いよ」

 そんなさも有りげな理由を付けてね。そしてなかば無理やりに君は長距離を走る事になった。しかしそこで君が見せた反応は意外なものだったんだ。