君に早く会いたい。君と一緒にいたい。頭がイカれるんじゃないかって思うほどに君の事ばかり考えてしまう。でも決して苦痛なんかじゃない。いやむしろ爽快な胸の高鳴りを覚え、気持ちが前向きに熱く馳せるほどだ。
 そしてそんな愛らしい想いに胸が焦がれるのは、君も一緒だったんだよね。

「あなたの事を考えると、なかなか寝れないんだ」って、君は恥ずかしそうに言ってくれた。
 耳を真っ赤に染め上げた君のあの表情は忘れられない。ただそれを聞いた俺の方も、かなりこそばゆくて照れたけどね。

 本来恋人同士っていうのは初めに相手を好きになり、そして交際に発展するモンだ。けど俺と君の場合はまったくの逆の展開になっている。
 付き合い始めたキッカケは、あの日の事故で抱えた心の傷を癒す事だった。
 寂しい言い方だけど、そこにはお互いに対する愛情は無く、ただ自分自身を慰めたいだけだったんだ。でも二人で過ごす時間が増えるにつれ、そこに【恋】が芽生え始めたんだね。

 付き合い始めてから好きになった。だから余計に君の事が愛おしく思えたんだろう。
 共有する時間が増すほどに君の魅力を再認識し、そして更に君の素敵さを発見してゆく。
 君の事をもっと知りたい。君の事をもっと好きになりたい。気が付けば俺は君の事ばかりを考える様になっていたんだ。

 またそんな想いと反比例する様に、あの日の苦い記憶は薄れていった。
 人の記憶なんていい加減なモンなんだね。だってあれだけ心を痛めつけていたはずの苦い記憶が、今では人工呼吸や心臓マッサージを実施した事すら曖昧になっているんだから。でもそんな記憶を掻き消したのは、紛れもない君に恋した事が最大の要因なんだ。

 所詮俺のちっぽけな脳ミソに備えられたメモリー容量なんて、たかが知れている。だから君との新しい思い出が記憶に保存されるたびに、過ぎ去ったあの日の記憶は脳から押し出される様にして消去されてしまったんだろう。

 俺は幸せだった。自分の事ではなくて、君を想うだけでこんなんも心が満たされるものかと驚きもした。

 もしかして別れた彼女の事が本気で好きだったなら、あの気まぐれな我がままなんて気に病むほどの問題じゃなかったのかも知れない。ふと、そんな風に考えたりもした。
 でも俺は彼女の事を本気で好きになれなかった。それは言い訳のしようがない俺自身の責任だ。でも彼女にしてみても同様に責任はあったんじゃないかって思えて仕方ない。だって彼女も俺の事を本気で好きでいてくれたわけじゃないのだから。

 比較するのはどうかと思ったりもするけど、でも君が俺に向けてくれる愛情の強さは彼女のそれとは根本的に違っている。
 君のその眼差しだけで、俺は十分にそれを感じ取る事が出来てしまうんだ。

 恐らく俺が君を慕う以上に、君は俺の事を大切に想ってくれていたんだろう。だからこそ俺は君の事しか考えられず、また君を愛おしく想い続けたんだ。

 君はまぶしいほどに素敵な笑顔を俺だけに見せてくれる。だから俺も精一杯の愛情で君を包み込んだ。

 俺達の恋はまだ始まったばかりだけど、でもその先に繋がる未来に一片の曇りも無い。
 その時の俺は純粋にそう思っていた。そして君もそう思ってくれているはずなんだと、信じて止まなかった。