明日へ馳せる思い出のカケラ

「ダメじゃないか。早く彼に付き添ってあげなよ。彼はこうしてる今も苦しんでいるんだから」

「それは分かってる、分かってるよ。でも私、これからどうしていいか分かんなくて。だからお願い、私と一緒に」

「それは無理なお願いだよ。俺に出来る事は全てしたつもりさ。だからもう、俺の役目は終わったんだよ」

「そ、そんな事ないよ。やっぱりあなたは頼りになるし、それに私――」

 君は大粒の涙を流し出す。その姿は今にも崩れそうなほどだ。
 もしかしたら君の中では、耐え難いほどの寂しさが溢れ返っているのかも知れないね。だって俺の中の心情が、まさにそんな状況なんだから。

 君を強く抱きしめてあげたい。
 耐え難い不安に身をすくませる君を柔和に包み込んであげたい。

 俺はそう思った。
 でもだからこそ、あえて俺は君に厳しく告げたんだ。
 不器用な俺はそうする事でしか、君の幸せを願えなかったから。

「彼には君の助けが必要だ。ううん、君の存在そのものが必要なんだ。
 だからその気持ちを大切にしてほしい。大事に受け止めてほしい。
 今は辛いだろうけど、でもそうすればきっと、君は幸せになれるはずだから」

「でも怖いの。怖くて堪らないの。だからお願い。あなたも一緒に病院まで来て。私のそばにいて」

「ごめん、それは出来ないんだ。薄情な男だと罵ってくれて構わない。
 でもね、たとえどんな理由があったとしても、俺にはこのマラソンを途中で棄権するわけにはいかないんだよ。
 だからごめん。一緒に病院には行けないんだ」

「どうして、どうしてそこまでマラソンに拘るの? マラソンなら来年だってあるし、東京以外だって……」

 俺は君の話しを遮り、わざと大きく首を横に振る。
 そして君の肩にそっと手を添え、穏やかに伝えた。

「君にとっては些細な事なんだろうね。だけど俺にとってこのマラソンは特別なんだ。やっと見つけた目標。やっと見つけた生きる目的なんだよ、このマラソンはね。だから途中で投げ出すわけにはいかないんだ」

 声を殺して泣き続ける君に俺は続ける。

「分かってほしい。君になら特にね。
 俺はいつでも中途半端だったから。だからこのマラソンを完走する事で、最後まで頑張り抜く姿勢を自分自身に示したいんだ。
 そうする事で、俺はまだ未来を諦めなくていいんだって自信が持ちたいんだよ」

「でも、でも私は」

「本当にごめんね。俺は不器用だから、融通が利かないんだ。生真面目だけが取り柄のバカな男なんだよ。
 でもさ、君ならそんな俺の性格を、分かってくれるはずだよね」