そう、俺の足元を颯爽と追い越して行った小さな白い存在。
 それはどこから紛れ込んで来たのだろうか。全身が真っ白な毛で覆われた、一匹の野良猫だったんだ。

 まるで引き寄せられるかの様にして俺はその猫を追い駆けて行く。
 あの秋の大会でゴール間際に俺を先導してくれた、あの白い猫に付き従う様に。
 それも白猫は俺のペースメーカーみたいに、最適なコース取りで前に進んで行ってくれるんだ。無駄のない最小限の動きで前を行く選手達を抜かしていく。

 俺はそれにただ従いながら、足を前へと踏み出して行ったんだ。
 そして走る勢いは更に加速し、俺を目指すべき目標へと駆り立てて行く。
 熱い太陽の光に照らされながら――。



 俺は今、東京マラソンを走っている。ゴールまではあと2キロといったところだ。

 疲労は極限にまで達し、体のいたる所から唸りが上がる。
 それでも完走は間違いないだろう。ゴールが近いことに俺の気持ちは意味もなく高鳴ってゆく。
 ただタイムを刻む腕時計を見ると、すでに4時間を回っていた。

 自分に課したゴール目標は3時間30分を切ることだった。けどそれはやっぱり無理だったらしい。
 いくら中学から大学まで陸上を続けていたからといって、初めてのフルマラソンで掲げる目標にしては、欲張り過ぎも甚だしかったんだろう。

 改めて自分のバカさ加減に苦笑いが込み上げてくる。
 まさかこんなところでも現在の自分に過去を重ねてしまうなんて、みじめで不甲斐ないモンだね。

 社会に出てからのこの三年間、まったく運動なんてしていなかった。
 それなのに、過去の栄光だけを拠り所にしながら始めた気まぐれなマラソン。

 息苦しい胸は今にも張り裂けそうだし、痛みをともなう重い足は言う事を聞かない。

 途中で何度も走ることを止めようと思った。なんで自分はこんな事をしているんだと、苦しくなればなるほどに悔やんだ。
 でも、それでも俺は走り続けてきたんだ。新しい自分の未来を手にするためにね。