明日へ馳せる思い出のカケラ

 一向にペースが上がらない中で、俺はしばし君との思い出に浸りながら足を進めた。
 眩しいくらいに甦って来る過去の記憶。

 でもそれらは一瞬の輝きを見せるだけで、俺の心を過ぎ去って行く。ううん、そうじゃない。きっと俺の方が先に進んでいるんだろう。止まっていた俺の時間が動き出したんだろう。
 だからそんな古い記憶達は、温かい香りだけを微かに残して消えてしまうんだよ。
 自分自身にケジメが付けられた証し。その結果として、それらは最後の思い出として、俺の記憶の中に少しだけ顔をのぞかせてくれたんだよね。


 気が付けばマラソンはちょうど半分の距離に差し掛かっていた。
 もうこの頃になると、だいぶ周囲に余裕が生まれている。

 トラック競技しか知らない俺にしてみれば、まだまだ人と人との間隔が狭過ぎるって印象は否めない。でもどうにか他者に迷惑を掛けることなく、追い抜くことは可能になって来てはいたんだよね。
 ただそうなると、単細胞な俺は再び馳せる気持ちを露わにせざるを得なかったんだ。

 早く遅れを挽回したい。
 視界に余裕が見れた事で、そんな想いが強く表面化してしまったんだろう。

 俺は無意識にペースを上げる。誰がどう見ても度返しだと言うほどのスピードで、前に進む選手達を片っ端から追い抜いたんだ。

 こんなにも人を追い抜いた経験が無かったから、尚更俺の感覚は麻痺したんだろうね。
 一緒に走る選手達をごぼう抜きする爽快感に心が浮き上がってしまった。それが正直な心情なんだろう。
 でも俺がそれを単なる勘違いなのだと察した時には、すでにガス欠寸前の状態だったんだ。

 完全に走るペースを見失っていたのに加え、大勢の選手を抜きまくった。
 その疲労度たるや半端なものではない。俺はそれにやっと気が付いたんだ。

 前を進む選手を抜かすってのは、その選手を避けて進む分、余計に距離を走らなければならない。それも俺は調子に乗ってごぼう抜きしていたんだ。
 聞こえは良いかもしれないけど、でもそんなに人を抜き去るって事は、コースを縦横無尽にジグザグと走りまくったって事になるんだよね。
 それに抜かすタイミングやコース取りに頭を使い、精神的な部分もかなりすり減らしてしまったんだ。

 目に見えてペースが鈍っていく。感覚的じゃなくて、本質的に自覚出来るほどにね。
 けどこれは俺が初めから注意していた事だったはずなんだよ。だって俺はハーフまでしか走った経験がないんだからさ。