明日へ馳せる思い出のカケラ

 俺はそんな自分自身の見苦しさを身に染みて認識する。
 だって通学途中の二人組の女子高生とすれ違った時だ。彼女達は俺の姿を見て、それは厳しい眼差しを向けて来たんだよね。

 怪しい。汚らわしい。忌々しい。
 俺を低劣に見下げる彼女達の感情が、痛烈に伝わって来たんだよ。

 でもたぶん自分でもその表情を見たならば、確実に引いてしまう自信が持ててしまう。
 決して他人には見せられない浅まし過ぎる顔。想像しただけで鳥肌が立ってしまう。俺はそんな醜い表情を浮かべていたんだろう。

 だけど俺は走り続けたんだ。
 もう他人に何を思われても構わない。いや、それ以前に他者を気遣う余裕なんて無かった。一歩でも前に足を踏み出す事しか俺には考えられなくなっていたんだ。

 歩いた方がむしろ速かったのかも知れないスピードだったんだけどね。

 倒れる様にして自宅玄関になだれ込んだ俺は、その後少しの間あお向けになって荒く乱れる息を整えていた。

 全身から感じる痛みと、それを上回る息苦しさ。もう立つ事すらままならないほど体力は消耗し切っている。
 俺は素っ気ない天井を見つめながら、そんなつらい感覚に苦しむばかりだったんだ。

 でも不思議なんだよね。今まで感じたことが無いほどのつらさを感じてるはずなのに、なぜか俺は言葉では表現出来ない満足感に浸っている。
 清々しい感覚。走り切った達成感とでも言えるのだろうか。そんな充実感に俺の心は意味も無く高鳴っていったんだ。

 たるみ切った体を酷使したことが、これ程にまで気持ちをすっきりさせるものなんだろうか。こんなにも満ち足りた気分になれるものなのだろうか。

 その根拠の無さに、まったく理解なんて示せやしない。
 でも現実として俺の心は爽快感に満たされて晴々としている。まるで生きている事を実感しているかの様に。

 暴力による痛みに耐える事でしか、生きているって確かめられなかった昨夜の俺。
 でも今は同じ苦痛に身をゆだねつつも、まったく違った心境に胸が躍っているんだよ。

 俺を形成する細胞の一つ一つが歓喜に沸いている。そんな錯覚を感じてしまうほどに、俺は今という時間に心を満たして行ったんだ。

 それから俺はバイトが始まる夕刻までの間、泥の様に眠った。自分でも驚くほどに熟睡したんだよね。
 恐らくそれまでバラバラだった心と体が、久々にシンクロして休息を促したんだろう。まるで脱皮直前のさなぎの様に、俺は身動き一つしないで眠り続けたんだ。