明日へ馳せる思い出のカケラ

 君は今を懸命に生きる事で、新しい彼という幸せを掴み取った。それは賛美に値すること。だって俺に裏切られ傷ついた心を、君は癒せていたんだからね。

 そして俺はそれを嬉しく思わなければいけなかったんだ。君に訪れた幸せを、誰よりも祝福しなければいけない立場なはずだったんだよ。
 それなのに俺は矮小なひがみで君を嫉んでしまった。
 君が新しい彼という存在と今を生き始めた、それまでの厳酷な過程など考えもせず、自分のみじめさばかりを呪ってしまったんだ。

 でもさ、偶然にも君の成長した姿を見れて、俺は内心で嬉しさを感じていたんだ。
 すっかりと立ち直り、以前にも増して魅力的に輝く君の姿を見れて安心したんだよ。
 そして何より、君の変わらない心を感じ取れて救われたんだ。

 きっと君は今でも俺に対して、僅かながらも想いを寄せていてくれたんだろうね。
 だから偶然の再会で居ても立ってもいられず、再度コンビニに足を向けてくれたんだ。

 でもたぶん君が俺に向けてくれる気持ちは、昔の様な恋い焦がれる想いとは異なるんだろう。
 恐らく君は今の自分の姿を俺に見せる事で、俺にも新しい未来に進んでほしい。迷わないで前に踏み出してほしい。そう思ってくれていたはずなんだよね。だから君は夢の中で俺に『許しの言葉』を掛けてくれたんだ。

 君が夢の中で俺に告げた言葉が鮮明に甦ってくる。
 そして俺はその言葉を想い返す度に、なんとも言えない安心感に癒されたんだ。

 俺を苦しめ続けた君との輝かしい過去の思い出。
 でも俺が今をもがきつつも生きていられたのは、逆にその思い出に支えられていたからに他ならないんだ。
 本当に遅いけどさ、今更になってやっとその気持ちに気付くことが出来たんだよ。

 俺は再び夜空を見上げた。半分に欠けた月を見る為にね。
 そして俺はその月を見て思う。まるで消え去ってしまったかの様に見える月の欠けた部分だとしても、でもそれは見えないだけでそこに存在はしているんだと。そしてまたいつの日か、必ず満月として輝ける日が来るはずなんだとね。

 俺はそんな月に自分自身を重ね合わせた。自分にもまた、輝ける未来が来るのだろうかと。
 あの綺麗な月の光が、俺を希望へと誘う道標になってくれるんじゃないのかってね。

 もしかしたら君もあの月を見ているんじゃないのだろうか。根拠も無くそう思った俺は、ふと視線を元に戻す。
 するとそこには無造作に転がった財布が落ちていた。そして俺はそんな財布からはみ出した紙切れに目を止める。

 それはファミレスで最後に彼から渡された、東京マラソンの参加チケットだった――。