「久しぶりだね」

 君は落ち着きのある声で話し出す。

「昨日はすごく驚いちゃって。私、言葉が見つからなかった」

 どんな表情で君は俺に語り掛けているのだろうか。
 でもそれを確かめるわけにはいかない。そんな事をしたならば、俺は何を仕出かすか分からないからね。

 ただ君の言葉の節々にも、不自然とも言えるたどたどしさが感じられる。
 たぶん君の方も震えるくらいに固くなっているんだろう。それを必死に堪えながら、俺に話し掛けているんだろう。

 でもそれならなぜ俺なんかに会いに来たんだろうか。
 もう俺と君の間には何の関係もないはず。それなのにどうして君は極度の気まずさを覚えながらも、再び俺のもとを訪れたんだろうか。

 今日は土曜日でそれもクリスマス。こんな場所で油を売っている暇なんて無いはずだ。しかも天候は外出するには最悪だったはず。

 しかし君は俺なんかに会うためだけにここに来た。そして話しを続けたんだ。

「昨日はごめんね。せっかく会えたのに何も話せなくて。でもあなたの元気そうな姿を見れて嬉しかった。だから」

「客で来たわけじゃないのか? 今、見ての通り仕事中なんだよ。悪いけど、買い物する気がないなら帰ってくれないか」

「あっ、ご、ごめん。でも私、あなたと一度話がしたかったから。だから今度どっかで時間を作ってゆっくりと」

「昨日の彼氏、待ってるはずだよね。だから早く、帰ったほうが良いよ」

「う、うん。でも、でもね……。私の電話番号変わってないから。だから気が向いた時でいいの。――連絡、くれないかな」

「ふぅ、分かってないな。俺と君はさ、もう何でもないんだよ。だからもう俺の前に現れないでくれないかな。頼むからさ」

 君の顔を一度も見る事なく、俺は冷たくそうつぶやいた。気の利いた言い訳一つも告げられないまま、君を追い返えそうとしたんだ。
 だって仕方がないんだよ。俺には君と向き会う資格が無いんだし、それに君に対してどんな表情を差し向ければいいのか考えつかないんだからね。

 それなのに君は、まるで俺なんかにすがるかの様にして、最後の言葉を告げたんだ。

「仕事の邪魔しちゃってごめんね。でも本当にいつでもいいから連絡がほしいの。メールでも何でもいいから、だからお願い。私、待ってるから」

 惜しみながらも立ち去る君の足音が耳に付く。でもそれ以上に俺の胸を締め付けたのは、君が口にした『ごめん』ていう言葉だったんだ。