普通なら人の命を救えば褒められたり敬われたりするもんだろ。それなのに俺は今、こんな冷たい土の上で這いつくばっている。理不尽過ぎるよ。別に神様なんて信じてないけどさ、もう少し優しくしてくれてもバチは当たらないんじゃないのかなぁ――。

 俺は悔しくて泣きたくなった。気分の悪さよりも、自分の存在という曖昧な定義に痛烈な寂しさを覚えたんだ。俺の存在価値ってなんだろうって。俺の存在意義って有るのだろうかって。

 爪を立てた指で硬い土をむしり取る。そして俺は蓄積した怒りを激しく解放する様に、その土を投げるべく振りかぶった。――と、その時だった。

 俺は真正面に立つ【君】の姿を見つけたんだ。なにが起きたのか理解出来ない。突然目の前に現れた君の姿に俺はうろたえた。でもその時の俺の心は、恥ずかしさを隠そうとする気持ちで溢れ返っていたんだ。

 つい先程まで感じていた自分自身に対する絶望などどこ吹く風か。俺は君に最低な姿を見られてしまったと、無念にも口惜しむばかりだった。

 恥ずかしい。逃げ出したい。でもどうすることも出来ない。いつもの俺なら気の利いた言い訳の一つでも呟き、この場を切り抜けようとするはず。しかしこの時に限って、得意とするはずの弁解が何一つ思い付かなかった。

 そんな俺に対して君は不思議そうな眼差しを向けていたね。まぁ、それは当然だろう。大地に這いつくばっていたと思ったら、泣きながら掴んだ土を投げ捨てようとしたんだ。むしろその光景を見て、俺を変人に思わないほうがおかしいくらいだ。でも俺の予想に反し、君の告げた言葉は意外なものだったんだよね。

「無理しないで。どこか調子が良くないの?」

 少し気が動転していた俺だけど、でも君の言葉に嘘がないことは理解出来たよ。直感としてそう感じたんだ。君は俺の事を素直に心配してくれている――って。

 顔が赤くなるのが分かった。猛烈に恥ずかしかった。でもそれの何倍も嬉しかった。

 すでに気持ちの悪さなど吹き飛んでいる。随分と気まぐれでいい加減なモンだ。
 君に向き直った俺の心と体は浮き上がるほどに軽く感じられた。でも心配そうに俺を見つめる君に、俺はなんて答えて良いのか分からず閉口するしかなかったんだ。
 だって恥ずかし過ぎるだろ。正直に胸の内を話すという事は、脆弱な自分自身をさらけ出すだけなんだからさ。
 ただ俺は戸惑いながらも一つ気が付いた。君が僅かに肩を震わせているって事にね。

 どうしたんだろう。理由は見当も付かない。それでも把握出来たのは、君が強がるようその震えに耐え忍んでいた事だ。

 体感する今日の気温は確かに低い。でも君から感じる震えの原因はそれとは違う気がする。寒さに身を震わせるというよりは、怖さで心が萎縮してるって感じだ。

 つい先ほどまで俺自身が気分を害していたせいなのだろうか。俺の目に映る君の姿からは、そんな気がしてならなかった。そして俺は無意識にも口走ってしまう。君が俺と同じ心境であって欲しいと願うように。

「もしかして、あの日の事が怖いの?」