明日へ馳せる思い出のカケラ

 この時は本当に困ったんだよ。
 だって君の息遣いはおろか、彼のまばたきまでもが正確に捉えられたのに、その反面俺は自分の体に通うはずの神経伝達については、まったくの制御不能状態に陥っていたんだからさ。

 指一本すら満足に動かせない。
 頭はこれ以上無いほど冴え渡り状況判断に優れているっていうのに、その対処のための行動が何一つ出来ないんだ。

 すると案の定、棒立ちのままの俺を見兼ねたんだろうね。
 彼が少しだけ怪訝な表情で俺に一言告げたんだ。

「後ろにもお客さん並んでるし、早くお会計頼むよ」ってさ。

 複雑な心情だった。
 いや、俺のねじ曲がった影の部分が彼のその言葉を受けて一気に膨れ上がった。そんな感じだったんだろう。

 何がお会計頼むよだ。余裕ブッこいてんじゃねーよ。
 元彼の俺に今の君との幸せを見せつける事がそんなにも楽しいのか。
 優しそうな顔してるくせに、随分と腹黒いじゃねぇか――。

 表面には出さないまでも、俺の心はそんな歪んだひがみでドス黒く塗り潰されていったんだ。

 でも再び冷静さを失った事が功を奏す結果を招く。
 日頃からバイトを真面目に取り組んでいた成果なんだろう。
 心では彼を妬ましく思いながらも、体は粛々とレジ作業を始めたんだよね。

 君に注文されたチキンを紙袋に詰め、そして商品全てをレジ袋に納めていく。
 自分でも驚いたんだけどさ、会計時に金額を告げた俺の声に震えなんてまったく感じられなかった。
 いつもと何も変わらない俺がそこにいたんだよ。体に染みついた作業っていうのは恐ろしいモンだね。

 ただ真っ赤にのぼせた俺の表情だけは隠し通せなかった。
 耳を強く摘まれているんじゃないかって錯覚してしまうくらいの火照りを頭部全体で感じていたからね。

 サンタの衣装を着てレジ作業を行っている姿に照れくささを覚えている。
 せめて君だけにはそういったふうに見てほしかった。
 俺の脆弱な本心を見透かす君だからこそ、あえてそう強がりを吐き捨てたかったんだ。

 でもやっぱりダメだったんだよね。
 お釣りを受け取った君は、それまで以上の輝きを醸し出した笑顔で俺に応えたんだから。

「ありがとう」って。