白衣とエプロン①恋は診療時間外に

苦笑いする彼をよそに、麗華先生があっけらかんと笑う。

「へらへらするフユに、イライラするアキでしょ。それを見て、おろおろ心配そうにするナツね。でもって、途中からはもう諦めて淡々と平常心で弾き切ったハルよ。あーもう、今思い出しても最高だわ」

「春兄が、“レイの結婚式で俺たちが演奏しないでどうする!”とか使命感に燃えちゃってさ。僕と夏兄は最初から言っていたんだよ? 冬衛が絶対足ひっぱることになるけど大丈夫かってね。そしたら、俺がなんとかするって。そう言ったくせに……まったく」

「いい演奏だったわよー。涙出たもん」

「それ、感動の涙とは違う涙だよね」

「まあまあまあまあ。でも、本当に嬉しかったんだから」

麗華先生はもうたまらないという様子でくつくつ笑い、それから――。

「エルガーの『愛の挨拶』、一生忘れないわ」

ふと目を伏せて、女神のような美声でメロディーを口ずさんだ。

(優しくて、あたたかくて、うっとりするようなロマンチックな曲)

「この曲はね、エルガーが愛する女性に婚約記念として贈った曲なんですって」

「えっ、あ、そうなんですね」

麗華先生がなんだか意味深な笑みを浮かべるから、ちょっと反応に困ってしまう。

まあ聞かなくても、なんとなく言わんとすることはわかるけど。

「レイちゃん」

私と麗華先生のやりとりを黙ってみていた彼が、おもむろに口を開く。

(秋彦さん……???)

やけに深刻な表情に、私は気持ち身構えた。

「彼女に、あの話をしようと思うのだけど。もういいよね?」

(あの話???)

途端に、麗華先生の表情が一変して仕事モードに切り替わった。

「私からするわ」

「でも、これは僕から――」

「いいえ、私からさせてもらいます」

(い、いったい何の話だろう?)

まったく見当がつかず、困惑と不安が心の中でぐるぐるする。

麗華先生は今いちど姿勢を正すと、私のほうへ向き直った。

「清水さん」

「は、はいっ」

「実は、あなたに異動をお願いできたらと考えています」

「えっ……」

頭が真っ白で、何も考えられない。

(えっ、と……異動、ということはつまり……)

「レイちゃん!ちょっと!」

「いいから、あなたは黙っていてちょうだい」

何やら抗議しようとする彼を制して、麗華先生は続けた。

「これはまだ他のスタッフには共有していない情報ですので内密に」

「はい」

「年明け以降になるかと思いますが、当法人は新しいクリニックを開院する予定です。できれば清水さんには、そちらへの異動をお願いしたいと考えています」

ようやくだけど、少しずつ考えられるようになってきた。

今のクリニックを去るということは、彼とは別々の職場で働くということ。

恋愛関係にあるふたりが同じ場所で働くというのは、やはりよろしくないだろうという判断か……。

(あ、これって……)

彼が言っていた「問題は自動的に解消される」というのは、このことを言っていた???