苦笑いする彼をよそに、麗華先生があっけらかんと笑う。
「へらへらするフユに、イライラするアキでしょ。それを見て、おろおろ心配そうにするナツね。でもって、途中からはもう諦めて淡々と平常心で弾き切ったハルよ。あーもう、今思い出しても最高だわ」
「春兄が、“レイの結婚式で俺たちが演奏しないでどうする!”とか使命感に燃えちゃってさ。僕と夏兄は最初から言っていたんだよ? 冬衛が絶対足ひっぱることになるけど大丈夫かってね。そしたら、俺がなんとかするって。そう言ったくせに……まったく」
「いい演奏だったわよー。涙出たもん」
「それ、感動の涙とは違う涙だよね」
「まあまあまあまあ。でも、本当に嬉しかったんだから」
麗華先生はもうたまらないという様子でくつくつ笑い、それから――。
「エルガーの『愛の挨拶』、一生忘れないわ」
ふと目を伏せて、女神のような美声でメロディーを口ずさんだ。
(優しくて、あたたかくて、うっとりするようなロマンチックな曲)
「この曲はね、エルガーが愛する女性に婚約記念として贈った曲なんですって」
「えっ、あ、そうなんですね」
麗華先生がなんだか意味深な笑みを浮かべるから、ちょっと反応に困ってしまう。
まあ聞かなくても、なんとなく言わんとすることはわかるけど。
「レイちゃん」
私と麗華先生のやりとりを黙ってみていた彼が、おもむろに口を開く。
(秋彦さん……???)
やけに深刻な表情に、私は気持ち身構えた。
「彼女に、あの話をしようと思うのだけど。もういいよね?」
(あの話???)
途端に、麗華先生の表情が一変して仕事モードに切り替わった。
「私からするわ」
「でも、これは僕から――」
「いいえ、私からさせてもらいます」
(い、いったい何の話だろう?)
まったく見当がつかず、困惑と不安が心の中でぐるぐるする。
麗華先生は今いちど姿勢を正すと、私のほうへ向き直った。
「清水さん」
「は、はいっ」
「実は、あなたに異動をお願いできたらと考えています」
「えっ……」
頭が真っ白で、何も考えられない。
(えっ、と……異動、ということはつまり……)
「レイちゃん!ちょっと!」
「いいから、あなたは黙っていてちょうだい」
何やら抗議しようとする彼を制して、麗華先生は続けた。
「これはまだ他のスタッフには共有していない情報ですので内密に」
「はい」
「年明け以降になるかと思いますが、当法人は新しいクリニックを開院する予定です。できれば清水さんには、そちらへの異動をお願いしたいと考えています」
ようやくだけど、少しずつ考えられるようになってきた。
今のクリニックを去るということは、彼とは別々の職場で働くということ。
恋愛関係にあるふたりが同じ場所で働くというのは、やはりよろしくないだろうという判断か……。
(あ、これって……)
彼が言っていた「問題は自動的に解消される」というのは、このことを言っていた???
「へらへらするフユに、イライラするアキでしょ。それを見て、おろおろ心配そうにするナツね。でもって、途中からはもう諦めて淡々と平常心で弾き切ったハルよ。あーもう、今思い出しても最高だわ」
「春兄が、“レイの結婚式で俺たちが演奏しないでどうする!”とか使命感に燃えちゃってさ。僕と夏兄は最初から言っていたんだよ? 冬衛が絶対足ひっぱることになるけど大丈夫かってね。そしたら、俺がなんとかするって。そう言ったくせに……まったく」
「いい演奏だったわよー。涙出たもん」
「それ、感動の涙とは違う涙だよね」
「まあまあまあまあ。でも、本当に嬉しかったんだから」
麗華先生はもうたまらないという様子でくつくつ笑い、それから――。
「エルガーの『愛の挨拶』、一生忘れないわ」
ふと目を伏せて、女神のような美声でメロディーを口ずさんだ。
(優しくて、あたたかくて、うっとりするようなロマンチックな曲)
「この曲はね、エルガーが愛する女性に婚約記念として贈った曲なんですって」
「えっ、あ、そうなんですね」
麗華先生がなんだか意味深な笑みを浮かべるから、ちょっと反応に困ってしまう。
まあ聞かなくても、なんとなく言わんとすることはわかるけど。
「レイちゃん」
私と麗華先生のやりとりを黙ってみていた彼が、おもむろに口を開く。
(秋彦さん……???)
やけに深刻な表情に、私は気持ち身構えた。
「彼女に、あの話をしようと思うのだけど。もういいよね?」
(あの話???)
途端に、麗華先生の表情が一変して仕事モードに切り替わった。
「私からするわ」
「でも、これは僕から――」
「いいえ、私からさせてもらいます」
(い、いったい何の話だろう?)
まったく見当がつかず、困惑と不安が心の中でぐるぐるする。
麗華先生は今いちど姿勢を正すと、私のほうへ向き直った。
「清水さん」
「は、はいっ」
「実は、あなたに異動をお願いできたらと考えています」
「えっ……」
頭が真っ白で、何も考えられない。
(えっ、と……異動、ということはつまり……)
「レイちゃん!ちょっと!」
「いいから、あなたは黙っていてちょうだい」
何やら抗議しようとする彼を制して、麗華先生は続けた。
「これはまだ他のスタッフには共有していない情報ですので内密に」
「はい」
「年明け以降になるかと思いますが、当法人は新しいクリニックを開院する予定です。できれば清水さんには、そちらへの異動をお願いしたいと考えています」
ようやくだけど、少しずつ考えられるようになってきた。
今のクリニックを去るということは、彼とは別々の職場で働くということ。
恋愛関係にあるふたりが同じ場所で働くというのは、やはりよろしくないだろうという判断か……。
(あ、これって……)
彼が言っていた「問題は自動的に解消される」というのは、このことを言っていた???



