その“おせっかい”は私の想像のはるか斜め上をいくものだった。
「披露宴でのピアノ四重奏はまかせて!」
「へ?」
(えーと……)
もう結婚はする前提で?
しかも披露宴をやることも決定済み??
さらに余興の内容はピアノ四重奏???
「あのねぇ、レイちゃん」
あんぐりする私の横で、彼がとてつもなく大きなため息をつく。
まあねえ、そりゃあそうでしょうとも。
ぜーんぶすっ飛ばして披露宴の余興の話だなんて、冗談にも程が――。
「練習しないくせに、カルテットだなんて大きなこと言うもんじゃないよ」
(ええっ、つっこむとこそこ!?)
どうやら「まかせて」というのは「手配するから」ではなく、麗華先生ご自身が「演奏する」という意味だったらしい。
「もうね、楽譜も見つけてあるのよ。シューベルト!」
「レイちゃんは昔からそういうとこあるよね」
「そういうってなによ?」
「無鉄砲。無責任。しかも無自覚」
けっこう辛辣なことを言われているようだけど、麗華先生はどこ吹く風のご様子で。
「大丈夫。私、失敗しないので!……今度こそ」
(無傷じゃなくて失敗してるんだ……)
「何それ? 三度目の正直とか言うわけ?」
(しかも、2回も……)
「あなたねぇ、子どもの頃のあれをまだ根に持っているわけ? それとも何? ハルの結婚式のときのほう?」
「根に持っているとは心外な」
なんだか姉と弟の姉弟げんかみたいになってきて、私はおずおずと割って入った。
「あの、お二人とも……」
「あ、すまない」
「ごめんなさいねー、おほほほほほ」
とりあえず、存在が透明になりかけていた私は復活した。
「ピアノ四重奏というのは……?」
「えーと、何から話したらいいかしら? そうねぇ、保坂家の兄弟のことは話したことあったわよね?」
「はい」
「上から、春臣と夏生。で、アキがいて、その下が冬衛ね。でね、ハル……アキの上の兄の春臣の結婚披露宴で、私と残りの兄弟三人でピアノ四重奏を演奏したことがあったのよ」
「そのときも言い出しっぺはレイちゃんだった」
冷ややかに言い放つ彼を「あん?」と睨みつつ麗華先生は続けた。
「私たちは同じ音楽教室に通う習い事仲間でもあったのね。私はピアノを。春臣と冬衛はバイオリンで、夏生がビオラ。アキはチェロを」
(ええっ)
彼が楽器をやっていたなんて初耳で、かなり驚く。
ましてや、チェロだなんて。
少なくとも私の周りでは、ピアノを習っている子や学校の吹奏楽部で管楽器や打楽器をやっている子はいても、バイオリンやチェロをやっている子なんていなかったもの。
「知りませんでした、ぜんぜん」
彼の方を見ると、ちょっと決まり悪そうに目をそらされた。
「言ったこと、なかったかもしれないね……」
「おじ様の夢だったらしいじゃない? 子どもが生まれたら弦楽器をやらせてトリオとかカルテットとかやらせるの」
「らしいね。父親が息子たちに唯一強要したのがそれだったから。医者になれなんて一度も言われたことなかったけど、楽器はもうやるやらないじゃなくて、やる前提で。僕の場合は、バイオリンかチェロの二択って感じだった」
「そうそう。生まれた順の早い者勝ちなのよね。ハルとナツは三択だったけど、フユなんて余りもので選ぶ余地なかったって」
なんだかちょっと遠い世界の話ような……そんな気がした。
それでも、彼の子どもの頃の話を聞くのはやっぱり新鮮で興味深く……嬉しかった。
「それでまあ、アキが言ったとおりハルの披露宴でのカルテットは私が言い出しっぺだったんだけど。ナツやアキと違って私とフユはなんていうかその……」
「サボり魔だったわけだよ、ふたりとも」
彼はお茶を一口飲むと静かに湯飲みを置いて、「はあー」とげんなり溜息をついた。
「本当にひどいんだよ、この人たちは。冬衛はもともと練習嫌いで逃げ回っているような奴だし、レイちゃんは最初は人一倍はりきるくせにすぐに飽きちゃって。途中から衣装の話にばかり夢中になってさ」
「あー、あははははー」
(麗華先生、笑ってもぜんぜんごまかせていませんが……)
「もう最後は僕と夏兄(なつにい)が頑張ってどうにかかたちにしたという。春兄(はるにい)も優美姉さんもそういう事情を知ってるものだからさ。春兄なんて気が気でないって顔してるし、優美姉さんはヨタヨタの演奏に笑いこらえてる感じで……まったく」
「そういえば、私の結婚式で兄弟四人で弦楽四重奏やってくれたときも、おもしろ……えーと、思い出深い演奏だったわよねぇ」
「思い出深い、ね……」
「披露宴でのピアノ四重奏はまかせて!」
「へ?」
(えーと……)
もう結婚はする前提で?
しかも披露宴をやることも決定済み??
さらに余興の内容はピアノ四重奏???
「あのねぇ、レイちゃん」
あんぐりする私の横で、彼がとてつもなく大きなため息をつく。
まあねえ、そりゃあそうでしょうとも。
ぜーんぶすっ飛ばして披露宴の余興の話だなんて、冗談にも程が――。
「練習しないくせに、カルテットだなんて大きなこと言うもんじゃないよ」
(ええっ、つっこむとこそこ!?)
どうやら「まかせて」というのは「手配するから」ではなく、麗華先生ご自身が「演奏する」という意味だったらしい。
「もうね、楽譜も見つけてあるのよ。シューベルト!」
「レイちゃんは昔からそういうとこあるよね」
「そういうってなによ?」
「無鉄砲。無責任。しかも無自覚」
けっこう辛辣なことを言われているようだけど、麗華先生はどこ吹く風のご様子で。
「大丈夫。私、失敗しないので!……今度こそ」
(無傷じゃなくて失敗してるんだ……)
「何それ? 三度目の正直とか言うわけ?」
(しかも、2回も……)
「あなたねぇ、子どもの頃のあれをまだ根に持っているわけ? それとも何? ハルの結婚式のときのほう?」
「根に持っているとは心外な」
なんだか姉と弟の姉弟げんかみたいになってきて、私はおずおずと割って入った。
「あの、お二人とも……」
「あ、すまない」
「ごめんなさいねー、おほほほほほ」
とりあえず、存在が透明になりかけていた私は復活した。
「ピアノ四重奏というのは……?」
「えーと、何から話したらいいかしら? そうねぇ、保坂家の兄弟のことは話したことあったわよね?」
「はい」
「上から、春臣と夏生。で、アキがいて、その下が冬衛ね。でね、ハル……アキの上の兄の春臣の結婚披露宴で、私と残りの兄弟三人でピアノ四重奏を演奏したことがあったのよ」
「そのときも言い出しっぺはレイちゃんだった」
冷ややかに言い放つ彼を「あん?」と睨みつつ麗華先生は続けた。
「私たちは同じ音楽教室に通う習い事仲間でもあったのね。私はピアノを。春臣と冬衛はバイオリンで、夏生がビオラ。アキはチェロを」
(ええっ)
彼が楽器をやっていたなんて初耳で、かなり驚く。
ましてや、チェロだなんて。
少なくとも私の周りでは、ピアノを習っている子や学校の吹奏楽部で管楽器や打楽器をやっている子はいても、バイオリンやチェロをやっている子なんていなかったもの。
「知りませんでした、ぜんぜん」
彼の方を見ると、ちょっと決まり悪そうに目をそらされた。
「言ったこと、なかったかもしれないね……」
「おじ様の夢だったらしいじゃない? 子どもが生まれたら弦楽器をやらせてトリオとかカルテットとかやらせるの」
「らしいね。父親が息子たちに唯一強要したのがそれだったから。医者になれなんて一度も言われたことなかったけど、楽器はもうやるやらないじゃなくて、やる前提で。僕の場合は、バイオリンかチェロの二択って感じだった」
「そうそう。生まれた順の早い者勝ちなのよね。ハルとナツは三択だったけど、フユなんて余りもので選ぶ余地なかったって」
なんだかちょっと遠い世界の話ような……そんな気がした。
それでも、彼の子どもの頃の話を聞くのはやっぱり新鮮で興味深く……嬉しかった。
「それでまあ、アキが言ったとおりハルの披露宴でのカルテットは私が言い出しっぺだったんだけど。ナツやアキと違って私とフユはなんていうかその……」
「サボり魔だったわけだよ、ふたりとも」
彼はお茶を一口飲むと静かに湯飲みを置いて、「はあー」とげんなり溜息をついた。
「本当にひどいんだよ、この人たちは。冬衛はもともと練習嫌いで逃げ回っているような奴だし、レイちゃんは最初は人一倍はりきるくせにすぐに飽きちゃって。途中から衣装の話にばかり夢中になってさ」
「あー、あははははー」
(麗華先生、笑ってもぜんぜんごまかせていませんが……)
「もう最後は僕と夏兄(なつにい)が頑張ってどうにかかたちにしたという。春兄(はるにい)も優美姉さんもそういう事情を知ってるものだからさ。春兄なんて気が気でないって顔してるし、優美姉さんはヨタヨタの演奏に笑いこらえてる感じで……まったく」
「そういえば、私の結婚式で兄弟四人で弦楽四重奏やってくれたときも、おもしろ……えーと、思い出深い演奏だったわよねぇ」
「思い出深い、ね……」



