よくよく思い返してみれば、おにぎりの件以来、ちょっとした変化があった。
端的に言えば、それは貴志先生の私への態度だ。
それまではまるっきり無関心だったのが、関心を持たれるようになったというか。
もっと言ってしまうと、透明人間だった私が透明でなくなったみたいな。
だからといって、それは私が貴志先生から特別扱いされ始めたということではなくて。
マイナスだったのがゼロになっただけ。
他のスタッフ並みに、普通にコミュニケーションをとるようになっただけだ。
ちなみに、同じくらいから福山さんの私へのあたりもちょっときつくなっていた。
そういったことからも、私が感じた変化というのは、やはり気のせいではないと思う。
「別にね、彼氏はいるかとか、そういうことを聞かれたわけじゃないのよ」
麗華先生は困惑する私を落ち着かせるように、つとめて穏やかな口調で言った。
「前はどんな仕事をしてたのかとか、出身はとか、そういうフツーの世間話みたいなもんね」
「そうなんですね……」
「でも、貴志クンって桑野クンとかと違って、そういうことをわちゃわちゃ話すタイプじゃないじゃない?」
「そうですね」
桑野先生は頓着せずに、自分のことも他人のこともガンガン喋る。
将来は実家の医院を継ぐ予定だということも、唐木さんのお姑さんの腰の具合がよくないことも、近所の閉店したラーメン屋のあとに居抜きでまた別のラーメン屋が入ることも、みんな桑野先生からの情報だ。
でも、貴志先生は違う。
話題が豊富でお喋り上手なようでいて、心から会話を楽しんでいる感じがしない。
これはあくまで私の印象でしかないけれど、本当はあまり周囲に関心がないような。
そして、どんなに執拗に聞かれてもスマートにかわして、決して本当の自分のことは語らない。
“上っ面だけ”と言ったら、ひどく生意気で甚だ失礼だけれども、貴志先生を信用ならないと思うのは、そういう振る舞いにある。
「けどまあ、ただの気まぐれでしょう。っていうかもう、さっきからアキの顔が怖いんですけど」
「えっ」
驚いて彼のほうを見ると、むすっとした顔で、黙々と鰻を口へ運んでいる始末。
(あらら、この人は……)
「あ、貴志クンにはもちろん何も話してないから。どうしても知りたければ本人に聞きなさいって突っぱねたのよ。だからって、清水さんに“突”することはないだろうなと思ったけど、そこは案の定だったわね」
「そうなんですか???」
「そうだけど。何か疑問でも?」
「いえ、あの……先生方はスタッフの経歴なんかを皆さんで話されたりするのかと」
「あー、そういうことね」
麗華先生は「はいはい」と頷きながら、みんなの湯飲みにお茶をつぎつぎ注ぎ足した。
「あ、すみませんっ」
「レイちゃんはそういうところ徹底してるから」
それはもちろん、お茶のことではなくて(お茶のこともそうだと思うけど)。
「個人情報だからね。履歴書に書いてもらった情報は私のところに留めておくようにしているのよ」
「僕にだって絶対に口を割らないからね」
「え?」
「君が思っているほど、僕は君のこと知らないかもよ」
「そう、だったんですね」
(ん? あれ? でも……)
麗華先生は私に保坂先生情報を提供してくれたような?
「まあまあまあまあ。貴志クンの話はもういいじゃない」
私の心の内を察してかどうかはさておき、麗華先生はノリノリで話題を振ってきた。
「それよりも、あなたたちのことよ!」
(ええっ!?)
たじろぐ私の隣で、彼がケホケホと盛大に咽る。
「レイちゃん、いきなりだな……」
「だ、大丈夫です?」
おろおろしながら背中をさするも、それもまた麗華先生には突っ込みどころになるからもう……。
「あらー、甲斐甲斐しいことー」
「何なのレイちゃん、その、おせっかいおばちゃんみたいなやつ」
「失礼な。お姉さんです」
(麗華先生、おせっかいは否定しないのですね……)
端的に言えば、それは貴志先生の私への態度だ。
それまではまるっきり無関心だったのが、関心を持たれるようになったというか。
もっと言ってしまうと、透明人間だった私が透明でなくなったみたいな。
だからといって、それは私が貴志先生から特別扱いされ始めたということではなくて。
マイナスだったのがゼロになっただけ。
他のスタッフ並みに、普通にコミュニケーションをとるようになっただけだ。
ちなみに、同じくらいから福山さんの私へのあたりもちょっときつくなっていた。
そういったことからも、私が感じた変化というのは、やはり気のせいではないと思う。
「別にね、彼氏はいるかとか、そういうことを聞かれたわけじゃないのよ」
麗華先生は困惑する私を落ち着かせるように、つとめて穏やかな口調で言った。
「前はどんな仕事をしてたのかとか、出身はとか、そういうフツーの世間話みたいなもんね」
「そうなんですね……」
「でも、貴志クンって桑野クンとかと違って、そういうことをわちゃわちゃ話すタイプじゃないじゃない?」
「そうですね」
桑野先生は頓着せずに、自分のことも他人のこともガンガン喋る。
将来は実家の医院を継ぐ予定だということも、唐木さんのお姑さんの腰の具合がよくないことも、近所の閉店したラーメン屋のあとに居抜きでまた別のラーメン屋が入ることも、みんな桑野先生からの情報だ。
でも、貴志先生は違う。
話題が豊富でお喋り上手なようでいて、心から会話を楽しんでいる感じがしない。
これはあくまで私の印象でしかないけれど、本当はあまり周囲に関心がないような。
そして、どんなに執拗に聞かれてもスマートにかわして、決して本当の自分のことは語らない。
“上っ面だけ”と言ったら、ひどく生意気で甚だ失礼だけれども、貴志先生を信用ならないと思うのは、そういう振る舞いにある。
「けどまあ、ただの気まぐれでしょう。っていうかもう、さっきからアキの顔が怖いんですけど」
「えっ」
驚いて彼のほうを見ると、むすっとした顔で、黙々と鰻を口へ運んでいる始末。
(あらら、この人は……)
「あ、貴志クンにはもちろん何も話してないから。どうしても知りたければ本人に聞きなさいって突っぱねたのよ。だからって、清水さんに“突”することはないだろうなと思ったけど、そこは案の定だったわね」
「そうなんですか???」
「そうだけど。何か疑問でも?」
「いえ、あの……先生方はスタッフの経歴なんかを皆さんで話されたりするのかと」
「あー、そういうことね」
麗華先生は「はいはい」と頷きながら、みんなの湯飲みにお茶をつぎつぎ注ぎ足した。
「あ、すみませんっ」
「レイちゃんはそういうところ徹底してるから」
それはもちろん、お茶のことではなくて(お茶のこともそうだと思うけど)。
「個人情報だからね。履歴書に書いてもらった情報は私のところに留めておくようにしているのよ」
「僕にだって絶対に口を割らないからね」
「え?」
「君が思っているほど、僕は君のこと知らないかもよ」
「そう、だったんですね」
(ん? あれ? でも……)
麗華先生は私に保坂先生情報を提供してくれたような?
「まあまあまあまあ。貴志クンの話はもういいじゃない」
私の心の内を察してかどうかはさておき、麗華先生はノリノリで話題を振ってきた。
「それよりも、あなたたちのことよ!」
(ええっ!?)
たじろぐ私の隣で、彼がケホケホと盛大に咽る。
「レイちゃん、いきなりだな……」
「だ、大丈夫です?」
おろおろしながら背中をさするも、それもまた麗華先生には突っ込みどころになるからもう……。
「あらー、甲斐甲斐しいことー」
「何なのレイちゃん、その、おせっかいおばちゃんみたいなやつ」
「失礼な。お姉さんです」
(麗華先生、おせっかいは否定しないのですね……)



