たった今、間違いなく、彼がさらっとすごいことを言った。

(だって、それって……プロポーズの!?)

確かに、まえに――いつか“愛の挨拶”を聞いてくれるかと問われ、喜んで“はい”と答えたけれど。

「あの、あのっ……」

「千佳さん」

完全に“あわわっ”となってる私とは対照的に彼はいたって冷静だ。

「決して急かす気はないんだ。それは本当、嘘じゃない。じっくり考えて、そのうえで僕を選んでくれたら嬉しいと思ってる。でも……」

彼は少しためらいがちに話を続けた。

「叶うなら今すぐにでも、なんて……そう思ってしまう僕がいるのも本当」

(秋彦さん……)

「隣に君がいない人生なんて、僕にはもうとても考えられないから、それを思うと怖くて……たがら、結婚という理屈っぽい約束で君を縛って、繋ぎ止めようとしているのかな」

なんだか申し訳なさそうに、ちょっと困ったように彼が笑う。

(どうしよう……私、もう……)

こんなにも望んでもらえて、本当もったいないくらい。

ぴったりと重なる想いに心がふるえて、なんだか泣いてしまいそう。

「私こそ、秋彦さんと離れるなんて、そんな怖いこと考えられないし、考えたくもないです」

苦しくて、悲しくて、胸が張り裂けそうになって、きっと生きていかれない。

「私、ずっと一緒にいたいです……秋彦さんと」

「嬉しい、君の言葉で聞けて」

彼ははにかんだように微笑むと、自分のおでこを私のおでこにコツンとした。

「実はちょっと別の事情で、3月までにせめて婚約だけでもできたらいいねという話もあって」

「それってどういう……?」

「院長先生ご夫妻が喜びそう、という?」

院長先生とは麗華先生のことではなく、彼が引き継ぐクリニックの院長先生のことに違いない、けど???

「僕、とても目をかけていただいていて。まるで本当の跡取り息子みたいに」

「それはそれは」

 「そこでちょいちょい言われるわけだよ。早く身を固めて事務方はお嫁さんに任せられたら安心なのにねえ、と」

「あらあら」

たじたじになる彼の様子とか、微笑ましい光景がまるで目に浮かぶよう。

「もちろん、引き継ぐのは法人であって僕個人ではないわけで。そのことは、お二人ともよくよくご承知なのだけど。ただ……」

そこでいったん言葉を区切ると、彼はちょっと決まり悪そうに先を続けた。

「行き遅れ気味の僕を、本気で心配しておられるのだよ」

「行き遅れ、ですか???」

「医者にしては、という話もあってさ」

「そうなんです?」

「そうそう。医者が結婚するタイミングっていくつかあって。それを踏まえるとまあ、まともな奴なら30くらいでどうにかなってるはずでしょう、と」