白衣とエプロン①恋は診療時間外に

薄明かりにとける穏やかな静けさと、そこはかとなく漂う緊張感。

「千佳さん」

「えっ」

(ああっ……)

こてんと押し倒されて、あっという間に組み敷かれて――。

カエルさんのポーズ……みたいな?

しかも、左右の手とも指を絡めてがっちり押さえられていて自由がきかない。

(こんなことされたら……)

完全にホールドされたカエルさんが、頬を染めて瞳を揺らす。
 
眼鏡を外した彼の素顔は、ちょっと曲者だ。

職場では絶対に見せない、或いは――本当に限られた人しか見られない、自然体の無防備な彼。

そんなカレと、こんなコトしてる……。

おかしな背徳感と優越感に、心の中で大きな甘いため息をつくカエルさん。

彼はこれからどんなご褒美をくれるのだろう?

不自由を甘受して、不埒な期待を抱く私に……。

「僕が――」

切ない熱を帯びた瞳が、まっすぐ静かに私をとらえる。

「忘れさせるから」

(えっ……)

心臓がドキンと跳ねて、少しだけ――チクンと痛んだ。

「君が思い出すことがないように」

「あ、あのっ……」

「ヨガマットのことなんて」

どーん……。

(ほんっとうにもう、この人は!)

「ですから、それはっ……」

(んんっ……)

“話はこれでおしまい”と、彼はやや強引に私の口をキスで塞いだ。

(ちょっとずるい気もするけど……ま、いっか)

おそらく、本当は――。

広げっぱなしのヨガマットはどうでもよくて。

忘れさせたいのは(ひよっとしたら、忘れたいのは?)“誰かさん”のこと。

(私には秋彦さんだけなのに)

彼が“黒貴公子”に抱いた恐れや嫉妬にキュンとしたのは今は内緒にしておこう。

どんどん深くなるキスに、ぐんぐん高まる甘い期待。

唇を重ねながら、髪を撫でられ、耳をこしょこしょ触られて――。

(くすぐったい、からっ……)

わずかに身をよじろうにも動けなくって、されるがままにパジャマのボタンを外される。

彼の優しい唇が、唇からおでこに、おでこから頬に、そこからさらに首筋に、下へ下へと降りてくる。

「男の人って」

「うん?」

「片手でボタン外す練習とかするものなんです?」

興味本位のまったくくだらない質問。

或いは、ひょっとしたら男性の気分を害する質問とも?

でも、私の彼は気にしない。

「どうだろう? 僕はしたことないが」

愛撫する手を止めて、わざわざ考えてから回答する彼の律儀なこと。

「そうなんです?」

「両手で外せばよいわけだし。片手で外せることにそれほど重要性はないかと」

(おりょりょ、もりもり理詰めできたなあ)

「何故そんな質問を?」

「だって、今日は片手で外してたから、なんとなく」

そうなのだ。

いつもはほぼほぼ、両手で丁寧に外されるので。

私の中では勝手にそれが彼の流儀(?)みたく思っていて、だからちょっと意外で。

「すまない」

「へ?」

(え? え? え? すまないって何が???)

「今日はただ――」

気持ち首を傾げて彼の次の言葉を待つ。

「気が急いていて、ぞんざいになっただけというか……」

決まり悪そうに微笑む彼が可愛すぎてキュン死しそうな件!