白衣とエプロン①恋は診療時間外に

ご飯を食べたら“ふたりで”お風呂と思っていたら、そうでもなくて。

仕事のメールを何件か返さなくてはならないからと、彼にすすめられて一足お先にひとりでお風呂。

明日の朝の準備もしっかり済ませて(とっても、ホームベーカリーに材料入れて予約ボタンを押すくらい?)、寝る準備もすっかり整えてしまった。

(秋彦さん、まだかなぁ……)
,
寝室でひとり“彼待ち”という状態。

(こんなとき、グレちゃんがいたら遊んでくれたりしたのかな)

ふと懐かしく思えば、愛おしくて、淋しくて。

時間を持て余した私はヨガマットを広げてストレッチに勤しんだ。

(ぐぅあぁ、体かったいなぁ)

心の中でひとりごちつつ励んでいると、しばらくして彼がそろりとやってきた。

「ごめん、取り込み中だったね」

「あ、おづがれざまでず(おつかれさまです)」

ゆっくりと体を起こして、ふと考えた。

(この状況って、なんか……)

「あの、私って」

「なんだろう?」

「やる気まんまんではりきって準備運動している人に見えます?」

「違うの?」

くつくつと笑う彼が、小憎らしくて愛おしい。

(もう、この人は……)

「そういうことにしておいてもいいですけどね、別に」

「嬉しいね」

不貞腐れる私の手を、彼がひょいと引っ張り上げる。

「待ちくたびれちゃった?」

「くたびれてはいませんよ。待っていただけです」

ふんわり抱きしめられて、気持ち鼓動がはやくなる。

安心なのに、どきどきする。

安心だから、どきどきする。

「少し話をしてもいいだろうか?」

「え? あ、もちろん」

ベッドの端に並んで掛けると、彼は少し目を伏せたまま静かに言った。

「今日はなんだかすまなかったね」

「え?」

「いや、君は板挟みで気まずかっただろうなと」

(それはまあ、確かに……)

「でも、秋彦さんが悪いわけじゃないですし」

「けど、僕と貴志先生が勝手に話していて、君は置いてけぼりのようになって」

ものすごーく“私”の話をしているのに、当の私本人はただ黙って見ているという。

でも――。

私はブランコをこぐ子どもみたいに足を前後に遊ばせながら言った。

「置いてけぼりということはなかったですよ?」

「……というと?」

「なんていうか、秋彦さんも貴志先生も大人の男の人だなぁって」

彼ははてなと首をかしげた。

「どういう意味だろう???」

「おふたりとも、決してモノを扱うみたいな言い方しなかったじゃないですか、私のこと。奪う奪われる、渡す渡さない、みたいな。それって、私の気持ちを尊重してくださっているんだなって」

三角関係に起きるありがちな現象、とでもいおうか。

「こいつは俺だけのものだ」「カレをアタシにちょうだい」「キミを奪い去りたい」「絶対に誰にもやらないから」。

こういうのって、漫画の中ではドラマチックな台詞かも。

でも、これってまるで真ん中の人がモノ扱いで、どちらが獲得するかの勝負みたいにも思えたり。

「秋彦さんが“選ぶのは彼女ですから”と言ってくれて嬉しかったです」

(貴志先生も言ってくれたけれど……)

恋愛って、劇的で、奇跡的で、時としてひどく残酷だ。

「頑張って格好つけてよかった」

彼はちょっと情けなさそうに微笑むと、私の肩を抱き寄せた。

「あのときはああ言ったけど。あ、もちろんそれに嘘偽りはないのだが。でも、本当は余裕なんてなくて、心の中ではずっと……」

肩を抱く力が気持ち強まって、甘い気配がいっそう私を引き寄せる。

「選んでもらえるならどんなことでもするから、だから――」

恋愛って、甘美で、蠱惑的で、罪深くもどうにも純粋だ。

「“どうか僕を選んで”って」

(秋彦さん、そんなふうに……)

あのとき、彼が「彼女は絶対に渡さない」なんて言っていたら――。

おそらく、貴志先生は「選ぶのは彼女でしょ?」と余裕の笑みを浮かべていたんじゃないかしら。

「千佳さん」

髪にかかる甘い吐息に、胸が切なく熱くなる。

「僕を、選んでくれる?」

(そんな、こと……)

わかっているくせに? わかっているから? わかっていても?

私はぴたりと寄り添って、グーで彼の胸をコツンと突いた。

「もう、ずっとずっとここにいるじゃないですか」

(ああもう、好きすぎて好きすぎて、どうしようもない……)