途端に不穏な空気が色濃くなった。
(悪い虫アピールとか、いったいどういう……)
私だったら「悪い虫ってあなたのことですか?」とか、まんまと挑発にのつてしまうかも?
でも、私の彼は――。
「関係ないかと。だって、悪い虫というのは誰にでも寄っていくものでしょ? パートナーがいようがいまいが」
(あらら……)
私に負けず彼がなかなか辛辣だった件!
「アハハ、確かに。好きなものは好き、欲しいものは欲しい。恋愛は自由。ルールも順序も関係ない」
「そうですね」
「保阪センセイは自信がおアリなんですね」
思い切り笑顔のようでいて、やっぱり目の奥は笑っていない貴志先生。
(絶品の感じの悪さだなあ)
ただ、私の彼もけっこう負けていなかった。
「どうでしょう。自分が彼女に一番ふさわしい男かと問われれば、正直なんとも」
「またまた、ご謙遜を」
「ですが、まったく自信がないわけではありません」
品よく微笑みながら、恥ずかしげもなくさらりと言う。
「誰よりも彼女の隣にいたがっている男というなら僕が一番でしょう」
そしてさらに、後ろに控える私を見ないまま、自身の考えをまっすぐに告げた。
「とはいえ、選ぶのは彼女ですから」
(あ、その台詞って……)
「はっ」として貴志先生を見遣ると、その瞳が静かに私を捉えた。
どこか淋しげで、まいったなあと途方に暮れたような。
(ああもう、そんな顔されても困るんですけど)
突っかかってきたのはそっちだから自業自得。
聡いくせに負けが決まったケンカをするとか。
(まったく……)
“貴志先生って、バカなんですか?”
仕返しみたいな、そんな台詞が頭に浮かんだ。
そして、こうも思った。
先生はその台詞を言われたいと案外望んでいるのではないか。
私にとどめを刺されたいと願っているのではないか、と。
けれどもすぐさま、その想像を掻き消した。
(私、何を勝手に……)
いつの間にか貴志先生のことをわかった気になっていた自分がおこがましくて、恥ずかしくて。
そんな自分になんだか少し恐れを抱いた……。
そのとき、ちょうど会話に終止符をうつように、公園通りのからくり時計が美しい音色で時刻を知らせた。
「おや、もうこんな時間でしたか。貴志先生はお買い物の途中でしたよね。長くお引き留めしてしまい申し訳ありませんでした」
「こちらこそ、デートのお邪魔をしちゃいましたね」
「どうぞお気になさらず」
「それではお邪魔ついでに、3人でランチでもどうですか?」
(げげっ!)
完全に面白がっている意地悪な表情を私は見逃さなかった。
(無理!絶対に無理無理無理無理!)
そして、そんな私の気持ちを彼が察しないわけもなく。
「あいにく今日はこのとおり荷物が多くて。そのうえ予定もつまっていまして」
背中のチェロケースをちらりと見せつつ丁重にお断り。
「そうですか、それは残念」
貴志先生はそれ以上食い下がってはこなかった。
というか、「ふぅ、危なかった」と胸を撫でおろす私を見てほくそえんでいるようにしか……。
「では、次に保阪センセイにお目にかかるのは学会あたりになりそうですが。清水さんはまた勤務日に」
「えっ、あっ、はいっ」
貴志先生が爽やかな笑顔で軽やかに去っていく。
そして、“黒貴公子”を見送りながら彼が一言。
「煮ても焼いても食えない人だ」
やれやれと苦笑いするその表情が、なんとも労しげで、申し訳なくて――愛おしくて。
私はきゅっと手をつないで、彼を見上げて元気よく言った。
「秋彦さん。HPもMPもやばそうなら、早くご飯食べて回復しないと」
「そうだね」
顔を見合わせ笑い合い、私たちは美味しいお昼ご飯を目指して歩き出した。
(悪い虫アピールとか、いったいどういう……)
私だったら「悪い虫ってあなたのことですか?」とか、まんまと挑発にのつてしまうかも?
でも、私の彼は――。
「関係ないかと。だって、悪い虫というのは誰にでも寄っていくものでしょ? パートナーがいようがいまいが」
(あらら……)
私に負けず彼がなかなか辛辣だった件!
「アハハ、確かに。好きなものは好き、欲しいものは欲しい。恋愛は自由。ルールも順序も関係ない」
「そうですね」
「保阪センセイは自信がおアリなんですね」
思い切り笑顔のようでいて、やっぱり目の奥は笑っていない貴志先生。
(絶品の感じの悪さだなあ)
ただ、私の彼もけっこう負けていなかった。
「どうでしょう。自分が彼女に一番ふさわしい男かと問われれば、正直なんとも」
「またまた、ご謙遜を」
「ですが、まったく自信がないわけではありません」
品よく微笑みながら、恥ずかしげもなくさらりと言う。
「誰よりも彼女の隣にいたがっている男というなら僕が一番でしょう」
そしてさらに、後ろに控える私を見ないまま、自身の考えをまっすぐに告げた。
「とはいえ、選ぶのは彼女ですから」
(あ、その台詞って……)
「はっ」として貴志先生を見遣ると、その瞳が静かに私を捉えた。
どこか淋しげで、まいったなあと途方に暮れたような。
(ああもう、そんな顔されても困るんですけど)
突っかかってきたのはそっちだから自業自得。
聡いくせに負けが決まったケンカをするとか。
(まったく……)
“貴志先生って、バカなんですか?”
仕返しみたいな、そんな台詞が頭に浮かんだ。
そして、こうも思った。
先生はその台詞を言われたいと案外望んでいるのではないか。
私にとどめを刺されたいと願っているのではないか、と。
けれどもすぐさま、その想像を掻き消した。
(私、何を勝手に……)
いつの間にか貴志先生のことをわかった気になっていた自分がおこがましくて、恥ずかしくて。
そんな自分になんだか少し恐れを抱いた……。
そのとき、ちょうど会話に終止符をうつように、公園通りのからくり時計が美しい音色で時刻を知らせた。
「おや、もうこんな時間でしたか。貴志先生はお買い物の途中でしたよね。長くお引き留めしてしまい申し訳ありませんでした」
「こちらこそ、デートのお邪魔をしちゃいましたね」
「どうぞお気になさらず」
「それではお邪魔ついでに、3人でランチでもどうですか?」
(げげっ!)
完全に面白がっている意地悪な表情を私は見逃さなかった。
(無理!絶対に無理無理無理無理!)
そして、そんな私の気持ちを彼が察しないわけもなく。
「あいにく今日はこのとおり荷物が多くて。そのうえ予定もつまっていまして」
背中のチェロケースをちらりと見せつつ丁重にお断り。
「そうですか、それは残念」
貴志先生はそれ以上食い下がってはこなかった。
というか、「ふぅ、危なかった」と胸を撫でおろす私を見てほくそえんでいるようにしか……。
「では、次に保阪センセイにお目にかかるのは学会あたりになりそうですが。清水さんはまた勤務日に」
「えっ、あっ、はいっ」
貴志先生が爽やかな笑顔で軽やかに去っていく。
そして、“黒貴公子”を見送りながら彼が一言。
「煮ても焼いても食えない人だ」
やれやれと苦笑いするその表情が、なんとも労しげで、申し訳なくて――愛おしくて。
私はきゅっと手をつないで、彼を見上げて元気よく言った。
「秋彦さん。HPもMPもやばそうなら、早くご飯食べて回復しないと」
「そうだね」
顔を見合わせ笑い合い、私たちは美味しいお昼ご飯を目指して歩き出した。



