考えてみると、こんなふうに手をつないで街中を歩くのって今まであまりなかったかも。

バレてはいけないと細心の注意を払って隠密に行動していた、なんてことはない。

それでもやっぱり、今のところはまだあまり知られたくないというのが正直なところでもあったから。

まあ、このタイミングで知っている誰かに遭遇するなんて余程の確率だろうし、気を張ることもないでしょうけど。

「千佳さん???」

「あ、はい」

「本当どうかした? 何か気になることでも?」

彼がちょっとだけ心配そうな表情で私を見下ろす。

「すみません、本当なんでもないんです。ただ、なんかちょっと新鮮だなぁって」

「なるほど。それは確かに」

見上げて笑えば、彼が優しく微笑み返してくれる。

(あー、癒される)

楽しくって、嬉しくって、とびっきり幸せな休日!と、思っていたら――。

「ねえ、千佳さん」

「はい?」

「向こうに見える……ほら、本屋から出てきた人。あれって……」

「え? え? え?」

戸惑いなら、彼が見遣るほうへ視線を移して目を凝らす。

「げっ!」

思わず心の声がダダ洩れた……。

だって、モテ男のオーラを盛大に放ちながら歩くその男性は紛れもなく……。

「こらこら。千佳さん、“げっ”はないでしょ」

「だって……」

苦笑いする彼はどこか余裕で、愉快そうにさえ見えるのは気のせいかしら?

それにしても、まさかこんなところで“貴公子”と対峙することになろうとは。

こちらに気づいてゆっくりと歩みよるその人に、とりあえず、こちらもまたゆっくり歩みを進めていく。

(ど、どうしよう)

どうしようも何もない。

だって、私と彼の関係はすでに知られているのだし。

(別に、何も……)

「大丈夫」

「えっ」

当然というか、彼が私の心のざわめきに気づかぬわけもなく。

「僕が話すから。千佳さんは何も心配しない、気にしない。ね?」

(秋彦さん……)

彼はつないだ手をきゅっと握って、ゆったり優しく微笑んだ。

そうして、握ったその手をそっとはなすと、私の一歩前に歩み出た。

(あ、この感じって???)

何か大切な記憶が想起されかけた、のだけど――。

まるでそれを阻むように、その人物は現れた。

「本当に付き合っていたんですね」

貴志先生の貴公子の微笑みが、眩しすぎて痛い件。

(というか、開口一番それってとうよ……)

呆れて反射的に突っ込んでしまいそうになるも、応戦したのは私でなかった。

「付き合っていますよ、現在進行形で。貴志先生がご存じのとおり」