彼の落ち込みっぷりが半端ない件……。

せっかくふたりのお気に入りのお店に寄ったのに、夕食もあまりすすまず。

車の中はなんだかいたたまれない空気が充満していて。

彼も気づまりだったのか「眠かったら寝てていいよ」なんてすすめてくるから、たいして眠くもなかったのに寝たフリをする始末(結局は爆睡していたのだけど……)。

放っておくしかないとか、放っておいたほうがいいとか、それが正解かもわからない。

だって、つまるところは彼がどうにかするしかないことだから。

でも……。

(タイミング、なんだろうなぁ)

仲直りのタイミング、思い切って行動するタイミング。

そういうのって、まわりがお節介をやいてもいいんじゃないかなって。

一計を案じた私は“隠し玉”を出すことにした。

といってもまあ、そんなそんなまったくたいそうなものではないのだけど……。

帰宅してすぐに私は行動した。

「お風呂、いれてきますね」

「ああ、うん。ありがとう……」

ソファーのはじっこにしょんぼり丸まっている彼が労しい。

さて、果てして隠し玉は効果があるのか……?

私はできるだけなんでもないふうに言った。

「お風呂、一緒に入ります?」

そう、今まで拒み続けてきた一緒にお風呂。

正直、死ぬほど嫌というわけでもなければ、死んだ祖母ちゃんの言いつけなんてわけでもない(そもそも、お祖母ちゃんは今もぴんしゃんしているし)。

ただなんとなく、恥ずかしかっただけ。

そりゃあまあ、どちらかといえばお風呂はひとりでゆっくり入りたいほうではあるけれど。

それでも、たまに一緒に入るくらい実はなんでもない話だった。

でも……。

「嫌だ」と言い続けているうちに「いいよ」というタイミングを逸してしまっていたというか。

(ほんっと、タイミングって……)

「ひょっとして、僕が元気ないから?」

彼は「まいったな」と情けなさそうに微笑んだ。

その声も表情も全部がなんだか愛おしく思えて、思えたからー―。

私は彼の隣りに掛けると、畳みかけるように言葉を続けた。

「そうですよ。秋彦さんがとてつもなく元気ないから。だからもう、体を張るしかないかと。いや、自分でもわかってるんですよ。わかっているんですけどね。そんなたいそうなものではないと……」

「そんな言い方しなくても」

「でもですね、えーと……そう、こんな機会はもう巡ってこないかもしれませんよ? だからね、悪いことは言わないので、のっておいたほうがよいかと。“お情けで一緒に入ってもらっても嬉しくないやい”なんてつまらない意地はこのさい張らないのが身のためです」

「身のためって……」

彼はくつくつと笑った。

「なんか脅されているみたいなんだけど」

「そんなはず、ないですけど……で、どうするんです? 私は別にどっちでもいいんですけど?」

本当は、こんなことまでして「遠慮します」なんて言われたら、ちょっと傷つくかもだけど。

「どうするもなにも」

私の肩に彼が甘えるようにもたれかかる。

「一緒に入らないわけないじゃない」

なんだか心地よい重みを感じながら、私はわざと恩着せがましく言った。

「本当、めったにない機会なんですからね」

(またそんなふうに言うからもう……)

私はうそぶく自分に心の中でつっこみを入れつつ、くすりと笑った。