白衣とエプロン①恋は診療時間外に

ゆるふわの冬衛さんはどこへ?

そこには鉄壁の冷静さをもつ冬衛さんがいた。

「父さんと母さんの様子、秋兄も見ていたよね? あの人たち、なんて言ってた?」

「それは……“生きててくれてよかった”って、“元気で生きてさえいてくれたら、もうそれだけで”って」

「それから? それから何て言ってたんだっけ?」

「それから……」

「一緒に見ていたよね? 思い出せないの?」

「それから……“認めてあげられなくてごめん”って」

「それだけじゃないよね?」

「“受け入れてあげられなくてごめんね”、と……」

そこまで言わせると、冬衛さんは大きなため息をついた。

「秋兄はとりあえず一件落着でよかったと思っているんだよね? 父さん母さんに“娘でもいいよ”って言わせたようなもんだから。けどさ、ぼくはモヤモヤしたよ。だってそもそも、認めるとか受け入れるとか、そういう話じゃないじゃん。おかしいよ。そんなのおかしいじゃんかよ」

「それはっ……」

「頑張って認めてもらわなきゃならないこと? 許しを請わなきゃならないことなの? ちっともわかっちゃいないんだよ、あの人たちは」

「そんなこと言ったって……現実、父さんや母さんの気持ちだってあるじゃないか」

「秋兄はあっちの味方だろうからね。夏姉の生きづらさに気づきもしなかったわけだから」

決定的な一言、だと思った。

夏生さんはお姉さんで、勝さんはお姉さんの彼氏さん、それが冬衛さんの当たり前。

でも、秋彦さんは……。

夏生さんを「夏姉」と呼ぶこともできなくて、勝さんを“恋人さん”と呼ぶしかなくて。

「あのさ、秋兄はいつまで夏姉のことを縛り続けるの?」

「そんな、僕は縛ってなんて……」

「保坂夏生はずっと姉ちゃんだったんだよ。秋兄は気づかなかったかもしんないけど、ずっと姉ちゃんだった。何が現実かって、それが現実だよ。夏姉に“夏兄”をおしつけようとすんな」

冬衛さんは淀みなく一気に言い放ち、秋彦さんは返す言葉がないように押し黙った。

「もう!ふたりともケンカしないで!フーちゃんも!アキ君も!」

弟ふたりが、姉ちゃんにびしっと叱られる、の図。

「フーちゃん、怒ってくれてありがとね。でももう、そのくらいに。ね? あと、“あの人たち”なんて言い方はだめ、よしなさい。アキ君も、お父さんやお母さんのこと、心配してくれてありがとうね。私の一番近くにいて、勝さんとのことにも協力してくれて感謝してるんだから。だからもう、ふたりがケンカすることなんてないの。ケンカはやめてちょうだい。ね?」

「でもっ、夏姉!」

「僕はっ」

「“わたしのために~、あらそわないで~”……なんちゃって?」

夏生さんの調子っぱずれの歌に、麗華先生と勝さんがくつくつと笑う。

「もう、なっちゃんは」

「ナツはいつまでたっても仲裁役を卒業させてもらえないわけね、お気の毒様」

緊迫した空気が、少しずつ和んでいく気がした。

皆が互いを大事に思い合っているのは本当のこと。

だけど、ちょっと不器用だったり、なぜだか素直になれなかったり。

きっと時間が解決することもあるのだろうけど、その時間にどうしても苛立ってしまったり。

「さーて、ナツの元気な顔も見られたし、そろそろ失礼するわ。フユは私が送るから。おじさまとおばさま、待ってらっしゃるわよー」

「嫌だよ。年寄りの世話なんて……」

「フーちゃん!」

「……はーい」

「アキ君とチーちゃんも、今日はありがとうね。落ち着いたらまたあらためて」

やわらかに微笑む夏生さんと、そんな彼女を優しく見守る勝さん。

ふたりのふんわりとした温かさに見送られて、私たちは病院をあとにした。

弟ふたりはちゃんとした仲直りがなんとなーくできないまま……。

冬衛さんは麗華先生に託され(?)、秋彦さんは私が引き取る(?)感じになった。