白衣とエプロン①恋は診療時間外に

談話室は思ったよりも広いお部屋で、隅っこには音響機器やカバーのかかった電子ピアノが置かれていたりして、多目的室のような場所だった。

「レイちゃん!ああっ、一緒にいるのはアキ君の!?」

部屋に入るやいなや声をかけてくれたのは夏生さんだった。

「こらこら、なっちゃん。少し落ちついて」

はしゃぐ夏生さんを優しく制したのは“恋人さん”の勝さん。

そして、私と夏生さんが自己紹介をし合うより先に口を開いたのは冬衛さんだった。

「紹介するねー。こちら、ぼくらの姉の夏生と、その“彼氏”の勝さん。で、夏姉たちはもうお名前を知ってるかもしれないけど、こちらが秋兄の彼女の清水千佳さんだよ」

(なんだろう? このちょっとした違和感は……)

気のせいかもしれないけれど、冬衛さんがわざわざ割って入ってきたような?

それは別に不躾でも不愉快でもなくて、むしろ紹介していただけてありがたかったのだけど、でも……。

(秋彦さん???)

これもまた気のせいかもしれないけれど、なんとなく彼の様子が少しおかしいような気がして。

とりあえず大きなケガもなく無事でよかったと安堵したことを伝えると、夏生さんは心から申し訳なさそうに謝った。

「初めましてがこんなかたちになってしまって本当にごめんなさい。すごく心配かけてしまって……」

「何言ってるのよ」

申し訳なさそうに小さくなる夏生さんを、麗華先生は愛情深くたしなめた。

「あなたは無事だったんだし、ひかれそうになったお子さんも、バイクに乗ってたって人も、みんな軽傷で済んだんだから。いいのよ、もう。全部いいの」

「そうですよ、どうか気にしないでくださいっ」

「うん、二人ともありがとね……。そうだ!清水さんは“千佳ちゃん”だから“チーちゃん”て呼んでもいいかしら?」

「へ?」

あまりの唐突さに思わずきょとんとしてしまう。

もちろん、嫌だなんてことはまったくなくて、むしろ嬉しかったけど。

「ダメ、かしら……?」

「そんなことないですっ。嬉しいです」

「よかったぁ。アキ君とフーちゃんは大事な弟。チーちゃんは大事な妹ね」

思い切り優しい夏生さんの笑顔に、私の胸はあったかい気持ちでいっぱいだった。

「あのっ、ありがとうございます……っ」

「こちらこそ。私のことはよかったら“なっちゃん”て呼んでもらえたら」

「ええっ」

「ダメ、かしら……?」

こんなふうにせがまれてダメだなんて言う人がいるだろうか?

あざとさなんて1ミクロンもない純粋な愛くるしさ。

「ぜんぜんダメじゃないですっ。えーと……なっちゃん、さん?」

「“なっちゃん”です」

「……なっちゃん」

「はいっ。よろしくお願いします!」

愛くるしくて明るくてお日様みたいな夏生さんの笑顔。

屈託なく笑う冬衛さんの笑顔に、なんだかちょっと似ているような?

やっぱりこの人たちは姉弟(兄弟)なんだと実感する。

「じゃあ、ぼくにとっては“千佳姉”だね。春兄の奥さんが“優美姉”で、夏姉がいて、そんでもって千佳姉がいて。“姉ちゃんができますように”っていうガキんちょの頃のお願い叶いまくりだよー」

「フユ。あなた、この麗華様の存在をお忘れではなくて?」

「あー、レイちゃんはなんていうか、でっかい妹みたいな感じじゃん?」

「あなたねぇ……」

麗華先生が怒るのを通り越して呆れましたという様子で大きなため息をつく。

そうして、気を取り直すようにして言った。

「それで、おじさまたちはいつ帰られたの?」

(へ? 麗華先生、いまなんと……?)

“おじさまたち”というのはつまり……保坂兄弟のご両親!?

だって、ご両親は東北のほうにお住まいだと聞いていたけれど。

あれ? そういえば冬衛さんも? ご実家にほうにいらしたような?

「あの、いったいどういう……???」

困惑して彼を見遣ると――。

「大丈夫だよ、千佳姉。父さんも母さんもとっくにホテルに帰したから」

説明してくれたのは冬衛さん。

「父さん母さんとぼくの3人はね、たまたま明日こちらのほうでシンポジウムがあって。観光がてら前のりしようということで上京してきていたんだよ。ほんと、偶然なんだけどね」

(冬衛さん、秋彦さんが話すのを遮ろうとしてる???)

なんというか、悪意というそれとは違うのだけど、少しひんやりした感じ。

そこには明らかに秋彦さんが話すのを阻むような感じがあった。

(どうして……?)

冬衛さんはそのまま淡々と話を続けた。

「レイちゃんが春兄とぼくに連絡をくれてさ。もちろん、夏姉は無事で地方からわざわざ家族がかけつけなきゃいけない状況ではないってわかっていたんだけど。そこで、ぼくらは両親に一芝居うったわけ」

ゴールデンウィークからずっと、膠着状態の親子関係。

なんとなくきっかけを失ったままの状態を打開するための起爆剤。

“一刻を争う事態かも!?”と両親の不安を煽って病院へと向かわせたわけである。

「僕は正直ちょっとどうかと思った」

おもむろに口を開いたのは彼だった。

「父さんも母さんも若くないんだし。年寄りの心臓が止まったりしたらどうするの? それに、そんな煽り方をしなくたって、父さんも母さんも病院へかけつけようとしたんじゃない?」

その場が一気に重苦しい雰囲気に包まれる。

麗華先生は気まずそうにうつむいて、夏生さんと勝さんは困った表情で顔を見合わせた。

けれども、冬衛さんだけは違っていた。

「秋兄のその一歩引いた感じっていうの? ぼくはどうかと思う」