白衣とエプロン①恋は診療時間外に

約束の土曜日。

麗華先生の「診察室1」が午前の診療を終え、保坂先生の「診察室2」も最後の患者さんを診察中。

私が診察室2の奥で少しずつ午前の片付けをしていたときだった。

受付の電話が鳴ったかと思うとすぐ、麗華先生がいる「診察室1」に転送された。

電話はだいたいが最寄りの調剤薬局さんからで、処方箋に関する問い合わせがほとんど。

けれども、その電話は何やら違ったようで。

診察室2から患者さんが退室されるやいなや、麗華先生が険しい表情で保坂先生を呼び出した。

「保坂先生、ちょっと……」

明らかにただ事ではない感じに胸騒ぎがする。

最後の患者さんの会計も素早く済んで、待合室は空っぽ。

スタッフたちも足早に昼休憩に出かけていった。

私がなんだか気になって残っていると、ほどなくして彼と麗華先生が診察室1から出てきた。

「ああ、清水さん居てくれたのね。よかったわ」

(麗華先生??? 秋彦さん!?)

ふたりの強張った表情に、いっそう胸騒ぎがする。

「あ、あのっ」

麗華先生は周囲に誰もいないことを今一度確認した。

「あのね、ナツが交通事故にあったって……」

「ええっ……あの、そんなっ……それって……っ」

「千佳さん、落ち着いて。命に別状はないって。だから、とりあえず。ね?」

パニック寸前の私の肩を彼が優しく撫でる。

麗華先生の話によると、夏生さんはバイクにひかれそうになった子どもを助けて事故に遭われたという。

「以前に勝さんと会ったとき、緊急連絡先として私の名刺を渡しておいたのね。それでここに連絡をくれたってわけ」

夏生さんはすぐに救急搬送され、今は意識もはっきりしていて目立った外傷はなさそうとのこと。

ただ……。

「詳しく検査して様子をみないと。あとから症状が出ることもあるからね。勝さんもかなりまいってるみたいだし、アキにはこれからすぐ病院へ向かってもらうから」

「はい」

「午後は貴志クンが来てくれることになったから」

(えっ? 貴志先生が???)

「清水さん、悪いけどwebのお知らせ等々よろしくお願いね」

「あ、はいっ」

「他のスタッフには“お家の急な事情で”というだけにしておくから」

「わかりました」

私は心配で心配で彼にたずねた。

「秋彦さん、車で行くつもりですか? 大丈夫ですか? 電車で行けるなら電車とか、タクシーとか……」

「大丈夫。場所的に電車よりも車のほうが早そうだし。僕は落ち着いているよ」

「それなら、いいですけど……」

「ナツね、いやいややってた柔道の受け身が役に立ったって、笑ってたって」

麗華先生が不安がる私の背中を優しく撫でる。

「まあねえ、それを教えてくれた勝さんの声は泣きそうだったから、そっちのほうが心配って話もあったりなかったり。とにかくそういうわけだから、アキはゆっくり急ぎなさい。安全運転で」

「申し訳ないけど、あとはよろしく頼みます。貴志先生にくれぐれもよろしく伝えてください」

「わかりました」

そうして、私と麗華先生は落ち着いた様子で出かける彼の背中を見送った。

午後の診察に、貴志先生はずいぶん余裕をもって出勤してきた。

私はどうにも落ち着かなくて、昼食もそこそこに受付で軽作業に没頭していた。

「キミ、大丈夫?」

取り立てて心配そうな感じでもなく、あくまでもいつもの調子の貴志先生。

「大丈夫ですよ。ぜんぜん、大丈夫です」

「そう? ならいいけど」

「あ。保坂先生がくれぐれも貴志先生によろしく伝えて欲しいということでした」

「はいはい。了解ですよ」

薄暗い待合室と診察室。

受付の白っぽい照明が、なんだか奇妙な具合に貴志先生と私を照らす。

「キミさ、失礼なこと思ってるよね?」

「はい?」

「保阪センセイの代打で来てくれるなんて意外すぎー、とか」

「そ、そんなこと」

意外すぎとまではいかなくても、確かにちょっと驚いたのは事実。

「貸し一つ」

「え?」

「なんて思ってないからさ」

「えっ……」

「こういうとき、同僚のボクらにできることは? 自分たちの仕事に集中すること、だろ?」

「はい」

「キミ、できるよね?」

「はいっ」

私が背筋を伸ばしてしっかり答えると、貴志先生は微笑むでもなく、すたすたと「診察室2」へ消えていった。

(本当、意地悪なんだか、優しいんだか……)