午後の診療を終え,スタッフたちが足早にクリニックをあとにする。
いつもなら、麗華先生、保坂先生、私、の三人が残る感じになるけれど、今日は一人きり。
締め作業の最終確認をしていると、スタッフルームのハンガーラックが目にとまった。
(あれ? 忘れ物かな???)
ハンガーラック下部の荷物置きに、某有名書店の紙袋がひとつ。
基本的にラックを使うのは男性の先生たちなので、今日の忘れ物なら桑野先生か、貴志先生か。
まあ、中身が書籍であれば腐るものでもないし、このままそっと置いておけば……と思ったときだった。
「やっぱりまだ残っていたんだ」
「貴志先生!?」
とっくのとうに帰ったはずの貴志先生の登場、ということは――。
「忘れ物をしちゃってさ」
「その紙袋、貴志先生のだったんですね」
ちらりと中身が見えたとき、医学書がいっぱい入っていて失礼ながら驚いたことは絶対内緒だ。
「キミは何? 残業でもあるわけ?」
「いえ、締めの確認も終わったので帰――」
言いかけたとき、入口のほうからやたら威勢のいい男性の声がした。
「毎度ありがとうございまっす!S急便でございまぁす!」
(はて? 荷物のお届けはすべてお昼休みに指定しているはずだけど?)
「は、はい!ただいま参ります」
急いで出てみると、何やら不穏な空気が……。
(この段ボールの山はいったい!?)
「トラックにまだ残りがあるんで持ってきますんで!」
「ええっ」
はりきって台車を押して戻る業者さんの背中を、ただ呆然と見送る私である。
モノは間違いなく当クリニック宛で、中身も消耗品等で不自然はない。
でも……量が明らかに不自然な件!
「発注ミスだな、これ」
「えっ」
振り返ると、腕組みをした貴志先生が立っていた。
そういえば、以前に発注ミスがあった話を唐木さんに聞いたことがあったっけ。
お届け時間の指定ミスで、患者さんが混みあう時間帯に大荷物が届いてしまったとか。
発注数の間違いで、ちょうど今みたいに、おびただしい個数が届いてしまったとか。
「福山さんだな」
「え?」
「だって、キミはこんなミスしないだろ?」
ちょっと……ううん、かなり驚いた。
だって、貴志先生の私に対する評価はゼロだと思っていたから。
それはまあ、ここ最近は以前に比べて人並みに認識されている感じがあったけれど。
基本的には、評価はゼロ、または評価対象外みたいな? そんなふうに思っていたのに。
「あーあ、こりゃたいへんだ。スタッフルームが段ボールでいっぱいになるぞ」
「ええっ、そんな……」
そうは思いたくなかったけれど、案の定……。
業者さんが残りの荷物を台車にのせて戻ってくると、もうどうしようもない状態に。
「あっざぁしたー!」
空の台車を意気揚々と押しながら去って行く業者さんの背中を、やっぱり呆然と見送る私である。
けどまあ、仕方がない。
「私、少し片づけてから帰るので」
「キミひとりで? そのままにして、週明けに福山さん本人にやらせればいいじゃないか」
「それはそうかもしれませんけど。でも、この状況ですし。福山さんは出勤ギリギリですから、開始時間に支障が出るかもしれませんし」
結局は、月曜の朝イチにまずこの状況に遭遇するのは、唐木さんか私だもの。
「無理はしないで区切りのよいところで帰りますので。先生はどうかお気になさらずに」
わざわざ言わなくても「じゃあ、ボクは帰るね」と、さっさと帰るものだと思っていた、のだけれど――。
「ったく、仕方がないな」
(えっ?)
「待合室の吊戸棚を使おう」
「へ?」
「あまり重いものは入れられないからって、使われずに空っぽのはずだ。かさばっても軽いものなら入れられる。ガーゼやなんかがちょうどいいな」
貴志先生はそう言うやいなや、てきぱきと手際よく動き始めた。
「キミの身長じゃあ無理だろうけど、ボクならイスにのれば吊戸棚いっぱいに詰められそうだ。ほら、さっさと動く」
「は、はいっ」
ガーゼの入った段ボールをせっせと運んでは、椅子の上に立っている貴志先生に渡して、先生がどんどん吊戸棚にしまっていく。
(まさか、貴志先生が手伝ってくれるなんて……)
完全に我関せずで私を残してとっとと帰るとばかり思っていたので、こうして一緒に作業しながらもまだ信じられない。
本当、親切にしてもらっておいて失礼この上ないけれど。
「週明け以降の福山さんが見物だな」
貴志先生は作業する手はしっかり動かしながら、意地悪くフフンと笑った。
それはもちろん、さすがに麗華先生に叱られるのは間違いないとは思うけど。
なにしろ前科もあるわけだし。
でも……。
「福山さんは、それほど応えないかもしれませんよ」
「見物というのは、それだけじゃないだろ?」
「え?」
「彼女、来週からは“保坂センセー”って猫なで声で迫るんだろ?」
貴志先生はあからさまにバカにした口調で、おかしそうにクククと笑った。
麗しの貴公子の裏の顔、とでも言おうか。
いつもの輝く笑顔の貴志先生が白バージョンなら、今は完全に黒バージョン。
話し方だって、いつも皆に接するときとは違っているし。
さっきからずっと、気安い感じというか、雑な感じというか……。
それにしても、貴志先生はずいぶんと悪趣味だ。
そんなふうに、高見の見物よろしく、おもしろがったりして。
それはまあ、こんな言い方ひどいけれど、貴志先生が福山さんを疎ましく思っていたのなら、その関心がよそへ移ってくれてせいせいしている、なんてこともあるのかも。
だいたい、福山さんの関心というのは、保坂先生の表面的な部分だけであって、医師として尊敬するとかしないとかは無関係だし。
私としては、まったく憂鬱でしかない。
(ああもう、本当うんざりしてしまう……)
心の中の台詞こそもらさなかったけれど、思わずげんなり溜息が出た。
貴志先生はそんな私を冷ややかに眺めて言った。
「ねえ」
「はい?」
「キミって意外とバカなの?」
いつもなら、麗華先生、保坂先生、私、の三人が残る感じになるけれど、今日は一人きり。
締め作業の最終確認をしていると、スタッフルームのハンガーラックが目にとまった。
(あれ? 忘れ物かな???)
ハンガーラック下部の荷物置きに、某有名書店の紙袋がひとつ。
基本的にラックを使うのは男性の先生たちなので、今日の忘れ物なら桑野先生か、貴志先生か。
まあ、中身が書籍であれば腐るものでもないし、このままそっと置いておけば……と思ったときだった。
「やっぱりまだ残っていたんだ」
「貴志先生!?」
とっくのとうに帰ったはずの貴志先生の登場、ということは――。
「忘れ物をしちゃってさ」
「その紙袋、貴志先生のだったんですね」
ちらりと中身が見えたとき、医学書がいっぱい入っていて失礼ながら驚いたことは絶対内緒だ。
「キミは何? 残業でもあるわけ?」
「いえ、締めの確認も終わったので帰――」
言いかけたとき、入口のほうからやたら威勢のいい男性の声がした。
「毎度ありがとうございまっす!S急便でございまぁす!」
(はて? 荷物のお届けはすべてお昼休みに指定しているはずだけど?)
「は、はい!ただいま参ります」
急いで出てみると、何やら不穏な空気が……。
(この段ボールの山はいったい!?)
「トラックにまだ残りがあるんで持ってきますんで!」
「ええっ」
はりきって台車を押して戻る業者さんの背中を、ただ呆然と見送る私である。
モノは間違いなく当クリニック宛で、中身も消耗品等で不自然はない。
でも……量が明らかに不自然な件!
「発注ミスだな、これ」
「えっ」
振り返ると、腕組みをした貴志先生が立っていた。
そういえば、以前に発注ミスがあった話を唐木さんに聞いたことがあったっけ。
お届け時間の指定ミスで、患者さんが混みあう時間帯に大荷物が届いてしまったとか。
発注数の間違いで、ちょうど今みたいに、おびただしい個数が届いてしまったとか。
「福山さんだな」
「え?」
「だって、キミはこんなミスしないだろ?」
ちょっと……ううん、かなり驚いた。
だって、貴志先生の私に対する評価はゼロだと思っていたから。
それはまあ、ここ最近は以前に比べて人並みに認識されている感じがあったけれど。
基本的には、評価はゼロ、または評価対象外みたいな? そんなふうに思っていたのに。
「あーあ、こりゃたいへんだ。スタッフルームが段ボールでいっぱいになるぞ」
「ええっ、そんな……」
そうは思いたくなかったけれど、案の定……。
業者さんが残りの荷物を台車にのせて戻ってくると、もうどうしようもない状態に。
「あっざぁしたー!」
空の台車を意気揚々と押しながら去って行く業者さんの背中を、やっぱり呆然と見送る私である。
けどまあ、仕方がない。
「私、少し片づけてから帰るので」
「キミひとりで? そのままにして、週明けに福山さん本人にやらせればいいじゃないか」
「それはそうかもしれませんけど。でも、この状況ですし。福山さんは出勤ギリギリですから、開始時間に支障が出るかもしれませんし」
結局は、月曜の朝イチにまずこの状況に遭遇するのは、唐木さんか私だもの。
「無理はしないで区切りのよいところで帰りますので。先生はどうかお気になさらずに」
わざわざ言わなくても「じゃあ、ボクは帰るね」と、さっさと帰るものだと思っていた、のだけれど――。
「ったく、仕方がないな」
(えっ?)
「待合室の吊戸棚を使おう」
「へ?」
「あまり重いものは入れられないからって、使われずに空っぽのはずだ。かさばっても軽いものなら入れられる。ガーゼやなんかがちょうどいいな」
貴志先生はそう言うやいなや、てきぱきと手際よく動き始めた。
「キミの身長じゃあ無理だろうけど、ボクならイスにのれば吊戸棚いっぱいに詰められそうだ。ほら、さっさと動く」
「は、はいっ」
ガーゼの入った段ボールをせっせと運んでは、椅子の上に立っている貴志先生に渡して、先生がどんどん吊戸棚にしまっていく。
(まさか、貴志先生が手伝ってくれるなんて……)
完全に我関せずで私を残してとっとと帰るとばかり思っていたので、こうして一緒に作業しながらもまだ信じられない。
本当、親切にしてもらっておいて失礼この上ないけれど。
「週明け以降の福山さんが見物だな」
貴志先生は作業する手はしっかり動かしながら、意地悪くフフンと笑った。
それはもちろん、さすがに麗華先生に叱られるのは間違いないとは思うけど。
なにしろ前科もあるわけだし。
でも……。
「福山さんは、それほど応えないかもしれませんよ」
「見物というのは、それだけじゃないだろ?」
「え?」
「彼女、来週からは“保坂センセー”って猫なで声で迫るんだろ?」
貴志先生はあからさまにバカにした口調で、おかしそうにクククと笑った。
麗しの貴公子の裏の顔、とでも言おうか。
いつもの輝く笑顔の貴志先生が白バージョンなら、今は完全に黒バージョン。
話し方だって、いつも皆に接するときとは違っているし。
さっきからずっと、気安い感じというか、雑な感じというか……。
それにしても、貴志先生はずいぶんと悪趣味だ。
そんなふうに、高見の見物よろしく、おもしろがったりして。
それはまあ、こんな言い方ひどいけれど、貴志先生が福山さんを疎ましく思っていたのなら、その関心がよそへ移ってくれてせいせいしている、なんてこともあるのかも。
だいたい、福山さんの関心というのは、保坂先生の表面的な部分だけであって、医師として尊敬するとかしないとかは無関係だし。
私としては、まったく憂鬱でしかない。
(ああもう、本当うんざりしてしまう……)
心の中の台詞こそもらさなかったけれど、思わずげんなり溜息が出た。
貴志先生はそんな私を冷ややかに眺めて言った。
「ねえ」
「はい?」
「キミって意外とバカなの?」



