白衣とエプロン①恋は診療時間外に

言ってから「しまった!」と気づいても遅かった。

「私だって、というと?」

「それは、その……なんというか……」

まさかまさか、心の内をすべて言えるわけがない。

オトナの男の色気とやらに勝手にあてられて、ゾクゾクしてメロメロでしたとか?

なんだかみだらなへんな気持ちになっちゃいましたとか?

そんなこと、とてもとても……。

(でも、やっぱり……)

それでも、大切な気持ちはちゃんと伝えなきゃ。

私は彼と同じように足を伸ばして座りなおすと、少しもたれるようにしてぴたりと寄り添った。

「あの、本当にとっても素敵な演奏で、すごくドキドキして……。一瞬で心を奪われるって、こういう感覚なんだなって。私、この歳になって初めて知ったというか」

彼の顔は見ないまま、その肩に身を寄せながら話を続ける。

「正直、今までよくわからなかったんです。一目惚れなんてしたことないし。でも、まさに瞬殺で。一瞬で心をまるごと持っていかれて。あとはずっと釘付けで」

ひどく心を揺さぶられて、甘酸っぱくて、切なくて、きゅうっと胸が苦しい感じ。

そのうえさらに、ひどく甘美で、歯がゆくて……。

話していると、その感情がよみがえってくるようで、なんだか胸がいっぱいになる。

「好きになっちゃった?」

顔をのぞきこんで優しく微笑む彼に、私はこっくり頷いた。

半分冗談みたいな言い方をしていても、彼は決してからかったりはしていないってわかるから。

「なっちゃったも何も、ずっと好きなんですけど……なのに、もう一度好きになっちゃった、みたいな」

本当、同じ男性(ひと)にまた恋してしまうなんて。

そんな恋愛漫画みたいなこと、あるものなんだなって。

「まいったな」

「え?……て、ああっ……」

瞬間、彼はちょっと強引に私の体を引き寄せた。

抱き寄せるというのでなく、もっと強く、優しく乱暴に……。

(えっ、と……)

頭は彼の膝の上。

驚いたまま仰向けで彼を見上げる私を、彼が静かに見下ろしている。

「君のせいだよ」

彼はおもむろに眼鏡を外すと脇へ置いて、あらためて私をじっと見つめた。

眼鏡なしの顔にもずいぶん慣れたはず、だけど。

だからこそ、というか……。

だって、私の前で彼が眼鏡を外すのは“始める”手順のひとつみたいなものだから。

眼鏡越しではなく見つめられると、たまらない気持ちになってしまう。

なのに、そんな心を彼は容赦なく射抜いてくる。

「君が可愛すぎるから」

「そんなっ……あぁっ……っ」

わけがわからないまま、今度はいとも簡単に床の上に組み敷かれて――。

まるで「もうお手上げ」のようなかっこうで、両方の手首を押さえつけられ自由がきかない。

往生際悪く視線を泳がせてみたところで、逃れられるわけもなく。

高鳴る鼓動と、ざわめく心。

甘い期待を抱きながら、抗いたい自分も消し去れない。

そんな面倒くさい女を彼はとらえて離さないのだから。

(こんなのずるい……)

手首を押さえる力はごくごく弱くて緩いのに、絶対的に私をとらえて離さない。

「僕のほうこそ」

私をまっすぐ見下ろす彼の瞳が、微かな熱を帯びて切なく揺れる。

(本当にずるいのは、私のほう……)

絵的には彼が求めているようでいて、本当は?

「君のこと、もう何度好きになったかわからない」

手首に触れていた手が柔らかに手のひらを包み、彼の指と私の指が、溶け合うようにしっとり緩く絡み合う。

そうして、私たちは甘い熱でとろけるような情熱的なキスをした。