「すみません!余所見をしていたので」

そう言いながら、尻餅をついてしまった私を助けてくれた。

「…いいえ、こちらこそすみません。前をちゃんと向いていなかったので」

そう言って頭を下げた私は、相手の顔を見上げた。

「…貴女は」
「…ぁ」

うちの会社の取引先の専務、千堂物産の千堂千影(せんどうちかげ)(28)だ。

「こんな所にお一人で?」

千影の言葉に、私は思わず苦笑い。

「…千堂専務は、お仕事ですか?」

千影もまた、苦笑い。

「仕事じゃなく、プライベートなんですよ。最上階のラウンジに、よく飲みに来るんです」

「そうなんですか。…私はもう用を済ませたので失礼します」

こんな所に何をしに来たのかと、詮索される前に帰ろうとした。

「用が済んだなら、一杯付き合ってもらえませんか?」