「いたんだよ。お前の目につくところに」
児玉は、そう言って僕は今、出てきた劇場を方を向いた。人で、ごったがえしの劇場を。
児玉は、アタフタする僕に、言う。

「さっき、お前が観た演劇で一番、気になったことは何だ?」

人の流れに飲み込まれそうになる僕と児玉だが、児玉の問いかけは、僕の耳にしっかり届いていた。


二週間前ー。

会社でデスクワークに勤しむ僕に、同期入社の児玉が、演劇のチケットをくれた。児玉の知り合いが、大手の芸能プロダクションに勤めており、S席を格安で売ってくれたという。僕は、その演劇の内容が、あまりにセケンバナレしたことであることを確認して彼に言った。

「いくらで僕に、売ってくれるの?」
児玉は、
「この間の会議のプレゼンを一緒にやった仲だろ、諭吉一枚でいいよ」

僕は、演劇というものを多少、知っていたので彼からチケットを買った。そしてデスクワークを続けた。

後でネットで、その演劇のS席の価格を調べたら、まぁまぁ、児玉は、安く売ってくれたということが分かった。二週間後の日曜に僕は、自分の県から結構な距離のある、とある県ーー、その演劇が公開される劇場のあるところに行く運びとなった。

ネットで新幹線に予約をした。


あっという間に時は過ぎて、僕が演劇を観に行く日ー。

僕は普段、コンタクトレンズだが念のため、眼鏡を持っていった。車で駅に行き駐車場に車を止めて新幹線に乗ると、自由席は空いていた。僕は昨日、仕事帰りに買った文庫をバッグから取り出して読み始めた。

三章に入る前に、目的地に着いて僕は、新幹線を降りて駅の改札口に向かう。周りのみんなは歩くのが速い。僕は、前から人にぶつからないよう気をつけて改札口を出た。駅から劇場まで歩いた。

劇場に着いた。中に入ろうとすると知らない親子が、
「大きな建物だね」
というような会話をしているのが聞こえた。

確かに、僕も大きな建物だと思った。しかし、親戚が都内で住んでいるマンションに初めて行った時ほど驚かなかった。

まぁ、マンションと劇場は別物だから、どーだ、あーだと比較するのも変な話だと思うが。

とにかく、僕は劇場に入ろうとした。すると児玉から携帯に着信があった。

「無事、着いたか?この会話の後に携帯の電源は切れよ」
続けて彼は行った。

「あのな、うちの会社の社長令嬢が、お前のことを気に入ってるみたいでさ。お前の勝負服が密かに見たいらしいんだわ。しかも令嬢、今からお前が見る演劇を何処かの席で観ているらしいぞ」

そう言い終わると一方的に電話を切られた。僕は、訳も分からず困惑しながらも携帯の電源を切った。

一番大きいホールで、僕は自分の席を見つけて座った。少し窮屈だった。でもジャケットは脱がなかった。

暗くなり演劇が始まった。
静まりかえる空間で皆が演劇に集中している中、僕はジーンズを、もっとタイトなのにしてくれば、よかったかな?!みたいなことを考えていた。漠然と前を見ていた。


演劇が終わって劇場を出る僕の前に児玉が忽然と現れた。
そして僕に、言う。

「令嬢も俺も、お前の目につくところにいたんだよ。お前、あんま演劇に集中してなかっただろ?令嬢は、先に帰ったよ。何も言わずにな」

続けて言う。
「お前が観た演劇で印象に残ったのは、どこだ?」

僕は、彼に行った。
「お姫様が、舞台の上空から突然、降りてくる場面……」

それを聞いた児玉が微笑んだ。そして言う。
「何だかんだ、観てたんだな。まぁ、とにかく帰ろうぜ。俺も新幹線だから」

そして僕たちは人だかりの中を歩き出した。児玉の顔を見て
僕は、言った。

「中盤でお姫様が舞踏会の練習に、可愛がっている猫と踊る場面があったんだけどさ、俺なら猫より、もっと上手く、お姫様と踊れる気がした」

児玉が「令嬢もダンスが好きだから何かの機会でセッテングするよ」と言い大声でわらう。僕も笑う。


今宵は、月が綺麗だ。月の美しさは、僕の住んでいるところと変わらない。

(おわり)