鋭い彼等のことだから

ただ、猫のようなるりは、近づこうとすればするほど、遠ざかっていく性質がある。皐月が尽くせば尽くすほどるりが遠くへ行ってしまう可能性もあるのだ。そんなるりに尽くし続け疲弊し、心労がたたってしまうことのほうに、和歌子は心配していた。




「距離感はうまくつかまないとだめよぉ……?」




「え?」




「……大丈夫だとは思うけどねぇ」




きっと今は、気安く踏み込んでほしくないことがるりには多すぎるだろう。相手を全て理解したい皐月を相手にするのはきっとまだ、るりには苦痛なのかもしれない。


 とはいえ、皐月だって、ちゃんと理解しているはずだ。自分の世界のすべてがるりでできている、なんて思うほど重症じゃないはずだ。るりの全てが知りたいからと、るりの中身を無理やりのぞき見しようとするほどのことはしない。……今のところは。和歌子はわかる。皐月の愛情は尽くしすぎるところはあっても比較的健康的なものだ、と。


 るりが皐月の作るお弁当を、毎日おいしく食べることができて、笑顔でいられるのなら、それはそれでいいことだ。きっと皐月は恋人としてだけでなくて、母親としての働きもしてくれているのだろう。るりのことを精一杯愛してくれているのなら、和歌子にとっても嬉しいことである。


 和歌子も、皐月も、るりはお弁当を食べてくれていると思っていた。毎回捨てているという一種の裏切り的な行為に気付くこともなく、皐月は明日のお弁当の内容をどうしようか考えるのだった。実際は、皐月の昼食とほぼ何も変わらないものを食べているというのに。皐月はとても幸せ者である。







     *







 この時間帯の中央街は閑散としている。店やビルの前で掃除をする男性が目立つくらいか。それもそのはず。中央街の店が開くのは、夜の帳が下りる頃なのだから。


 中央街は県内でも有名な風俗処であった。