女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~



 驚くべきことに、真っ直ぐ来ても40分はかかるはずの距離を、彼は何と20分で来た。

 ピンポーンと部屋のチャイムが鳴って、ドアを開けると彼が立っていたので、私は思わず呟いた。

「――――早!」

 桑谷さんは表情を消したままで、肩で荒く息をついていた。額にも首筋にも玉のような汗が浮いている。

 どうやら車か何かで近くまで来て、後は走ってきたようだった。

 久しぶりに目にする彼は少し痩せたようだった。壁のように目の前に立って、呼吸を整えている。

 部屋には入ろうとはせず、そのままで私を見詰めていた。大きく長く息を吐いて、腕で額の汗を拭う。それから彼は両目を一度ぐっと閉じて、ゆっくりと開けた。

 彼の呼吸が整うのをドアを開けたままで待っていた私が言った。

「・・・・軽口は必要?」

 彼はうっすらと目を細めて、低い声で言う。

「――――――言いたきゃ言えよ」

 またこれだ。彼はキレる寸前・・・・いや、既にキレた後なのかも。私は心の中でやれやれと呟いて、ヒョイと肩をすくめて言った。

「聞きたいのは、謝罪、お経、それとも円周率?」

「理由」

「箇条書きで?それとも、もってまわった言い方で?」

「君の言葉で」

 私は一歩後ろに下がった。手を離したので閉じかけるドアを桑谷さんが腕で押さえる。

 その無表情の彼を見上げて微笑んだ。

「あなたを諦めたくなかったから、出て行ったのよ」