驚くべきことに、真っ直ぐ来ても40分はかかるはずの距離を、彼は何と20分で来た。
ピンポーンと部屋のチャイムが鳴って、ドアを開けると彼が立っていたので、私は思わず呟いた。
「――――早!」
桑谷さんは表情を消したままで、肩で荒く息をついていた。額にも首筋にも玉のような汗が浮いている。
どうやら車か何かで近くまで来て、後は走ってきたようだった。
久しぶりに目にする彼は少し痩せたようだった。壁のように目の前に立って、呼吸を整えている。
部屋には入ろうとはせず、そのままで私を見詰めていた。大きく長く息を吐いて、腕で額の汗を拭う。それから彼は両目を一度ぐっと閉じて、ゆっくりと開けた。
彼の呼吸が整うのをドアを開けたままで待っていた私が言った。
「・・・・軽口は必要?」
彼はうっすらと目を細めて、低い声で言う。
「――――――言いたきゃ言えよ」
またこれだ。彼はキレる寸前・・・・いや、既にキレた後なのかも。私は心の中でやれやれと呟いて、ヒョイと肩をすくめて言った。
「聞きたいのは、謝罪、お経、それとも円周率?」
「理由」
「箇条書きで?それとも、もってまわった言い方で?」
「君の言葉で」
私は一歩後ろに下がった。手を離したので閉じかけるドアを桑谷さんが腕で押さえる。
その無表情の彼を見上げて微笑んだ。
「あなたを諦めたくなかったから、出て行ったのよ」



