自分の手で、あの女を潰したかったはずだ。

 だけど、冷静な頭でその獰猛な自分を殺して、私を守ってくれたのだと。

 知っていた。

 でも言えなかった感謝の気持ちを、ここで夕日に力を借りて伝えよう。

「あなたと生きていて、私は幸せなの」

 手を伸ばして彼の頬に触る。指で砂を払う。

「それは忘れないで下さい」

 彼は頷いた。判ってる、と言ったみたいだった。


 夕日は海に沈んでしまい、空には群青の世界が訪れる。私達は前と同じく砂だらけになりながら、ホテルまで帰った。

 私はホテルの部屋の窓辺に一人用のソファーを持ってきて、座っている。

 去年と同じように、桑谷さんは寝てしまっていた。

 暗い海を一人で眺める。海も空も同じ色で境界線なんて今は判らないけど、明日になれば、また色が溢れて海と空を分けるんだろう。

 お腹を撫でながら、それをじっと見ていた。

 静かな夜の中。私は窓辺に一人。それはやはり、とても落ち着いた。

 ふと、思いついた。

 手元にメモ用紙を引き寄せ、ガラスに紙を押し当てて書く。

 女なら――――――茜。男なら―――――――雅洋。

 あかね、と、まさひろ。圧巻の夕焼けと素晴らしい海に名前を頂こう。まあ、細かいことを言えば茜とは植物の名前だし、別に雅な海洋でなくてもいいのだが、音が気に入ってしまった。

 私は一人で笑う。そして丁寧にその紙を折り畳んだ。


 明日、夫婦会議だ。