・・・・・あの海へ。去年、ストーカーから監視される生活で仕方なく同居をしてストレスが溜まって爆発寸前の私を、桑谷さんが連れ出してくれた、あの海へ。
彼が泣いているように感じた、小さな姿になったように感じた、あの海。ミルク色の景色、誰も居ない砂浜、私の零した言葉、彼の透明な瞳。
私は顔中で笑った。
「では、今から」
丁度彼が遅めの夏休みを取れていたのもあって、連休中な私達だった。私は安定期に入っていたし、今度はゆっくりと支度をして、あらかじめホテルもとり、車で出発した。
晩ご飯を食べたサービスエリアにもよってお茶をする。私の体を気遣って、ゆっくりの旅だった。
前は晩秋だったんだ。だから、風は冷たかった。だけど今はまだ9月の半ば。まだ太陽は高く、景色はミルク色ではなく、もっとハッキリとした色彩に溢れていた。
人影もある砂浜を手を繋いで歩く。風が吹いて砂を飛ばす。
「あの時は、本当に失うと思ってた」
彼が呟いた。聞こえにくくて、私はもっとそばによる。
「何?」
「君を、本当に失うと思っていたんだ」
振り返って笑った。
「でも約束をくれたから、元気になれたんだ」
私が、彼に約束を。・・・・したっけな。うん、したよな。ってか、え?あれって約束だったっけ?
まあいいや、彼がそれで幸せなら、と私は適当に頷いて、手を離し、砂浜に座り込む。
この広大な景色の中で、過去なんてどうでもいい。私に大切なのは、いつでも今と未来だけ。
まだ砂は熱くて、それが肌に気持ちよかった。



