9月が来て、桑谷さんは35歳になった。
誕生日に、何が欲しい?と聞くと、ニカッと豪快に笑った。・・・久しぶりに見た、この子供みたいな笑顔・・・。
「もういい。俺が欲しかったものは手に入ってるから」
私が自分の顔を指差すと、彼はうんと頷いた。
「・・・いや、そういうことではなくて。あるでしょ?靴下が欲しいとか、鞄が欲しいとか」
もっと現実的な物の話をしてるのよ~。私が頭をかきながら言うと、そうだな・・・と暫く悩んでいた。
「ううーん・・・・でも、やっぱり別にねえな」
「何も?」
「何も」
私は感心する。凄い、私なんかこの人に比べたら物欲の塊だわ。
彼は私の為に庭の植物に水を遣りながら考えている。
「家あるし、仕事もある、飯も食える、妻もいるし子供まで生まれる・・・体は健康で頑丈。後、何が必要だ?」
そうだねえ・・・。ホント、満ち足りてますね。私は仕方なくそういう。
私には現在自分の稼ぎがないので、買うっていってももとを正せば彼のお金だしな・・・。うーん、早く働きに出たいぜ。
そんなことを考えてぼーっとしていたら、そうだ、と彼の弾んだ声が聞こえた。
「はい?」
水を止めてホースを巻き、彼が戻ってくる。ニコニコしていた。
「海、行こうぜ」
「え?」
「あの海へ行こう。それが誕生日プレゼント」
私は目を瞬いた。



