二人は風の中にいた。


 慧太にとって女の子に声をかけるのは、簡単な事だった。なのに………それなのに彼女に話しかけるのは少し勇気がいった。

「……名前は?」

 「…アリス。神丘  アリス。」

アリス…………か。

 慧太は気がついた。
強そうなのに儚げなアリスが心から離れなくなっていたことに。
 何で泣いていたのかわからない。
でも、わからなくても慧太はアリスを守りたいと思った。




 こうやって自己紹介するのは新鮮だからかな。
………すごく、ドキドキする。
アリスはそう思うと急に恥ずかしくなった。

急いで顔をそむける。
しばらくして、彼の方にそっと目を向けると彼はこっちを見て微笑んでいた。

 「じゃ、そろそろ…」

 彼は、そう言うと屋上の扉に向かって歩き出した。
 アリスは、彼の名前を知らないことに気がついた。
急いで名前を聞こうとしたが、彼はもう扉の向こうにいた。

まぁ………いっか。
もうどうせ会うことなんて無いんだし。

 そう思い下を向いたアリスは、足元にキーホルダーを見つけた。
木製のパズルのピースの形をしている。

「……かわいい。」

アリスはそう言うと、クスッと笑った。

きっと彼の物だろう。
今度彼に会ったら返そう。

そう思ってアリスはそのキーホルダーを自分のポケットに入れた。




 放課後、慧太は屋上に向かった。

いつもそうしていた。
 屋上の端にはさらに上に続くはしごがある。
慧太はいつものようにはしごを上がろうとして手を止めた。
屋上の扉が開く音がしたからだ。
先生にばれたんじゃないかと思った。
慧太は、おそるおそる振り返る。
そこにいたのは髪の長い少女だった。

 彼女だ。

アリスがここに来たのだ。
俺たちが出逢ったこの場所に。




 会えた。

やっぱりここにいた。
私たちが出逢ったこの場所に。
 アリスは、彼がはしごに手をかけていることに気がついた。

「へぇ、さらに上があるんだ。」

 アリスは、ぽつりと呟いた。
でも彼には聞こえていたらしい。
彼はこっちを見ると、微笑みながら手招きした。

 「おいで。」

少しびっくりした。
それでもアリスは、彼に向かって歩いた。
名前も知らない彼に向かって。