女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~



「はい、小川は私でございます」

 すると相手は黙った。

 私は首を傾げて受話器を持ち直す。

「もしもし?」

 沈黙の向こうで、微かな気配がした。笑った、と思った。すると小さな声が聞こえてきた。

『・・・・小川、まり、さん?今日は出勤なんだね。僕は細川と言います』

 頭の中で、何かが掠った。

 正体の判らないその情報を、もどかしく思いながら、私は普通の声で応答する。

「細川様。私が小川ですが、何か御用でしょうか?」

『別に用はないんだ』

 私は眉間に皺を寄せた。

 ――――――まさか、この男。

「・・・失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか?」

 つい、慎重な声になった。それでもまだ、お客様である可能性があるから下手な応答は出来ない。無意識に受話器をきつく握り締めていた。

『・・・覚えてないんだね。細川政也って名前なんだけど。―――――そう言えば――――』

 一度言葉を切って、更に小さくなった声で、こう言った。

『・・・・手紙、読んでくれた?』

 プツっ――――――――・・・・


 私はじっと突然切れた電話を見詰める。受話器をそろそろと耳から離して、ゆっくりと電話に戻した。

 ・・・間違いない。

 鮮魚売り場の方へ視線をめぐらす。そこに、今日が休みの桑谷さんの姿はない。

 ・・・・こいつ、あの、ストーカーだ。