「・・・・・・」
口は開いているのに言葉が出なかった。何と、私は緊張していた。
『―――――・・・・まり?もしもし?』
彼の声が怪訝そうに曇る。きっとディスプレイで名前を確認しているはずだ。
私は深く呼吸した。――――――いくぞ。
「・・・1月23日、空けといて欲しいの。2時間でいいから」
ふいを突かれたように、今度は彼が向こうで黙る。
『―――――――1月23日?水曜日か?・・・仕事だけど、早番だから夜は空いてる。どうした?』
「その日は」
私が言った。混乱している彼が面白かった。よく考えたら、挨拶もしてないじゃん、私ったら。
「私の誕生日なの」
1月23日、私は31歳になる。そして、その日に―――――――
電話の向こうで彼がホッとしたように笑った。
『へえ、そうなんだ。もっと早く言ってくれたら仕事休んだのに。じゃあ、ご飯行くか?地上からも金額も高いところにでも』
「ううん、ゴージャスなご飯はいいの。でも私にあなたの2時間を頂戴。その2時間で―――」
私は携帯を耳に押し当てながら微笑んだ。彼の反応が予測出来ない。
「――――――婚姻届を出しに行きたいの」
向こう側が、完全に、沈黙した。
「桑谷まり、に、なりに行く」
ハッキリとそう言って、口を閉じた。
私は携帯を強く押し付けて、風と海の音で聞き逃さないように集中する。



