Taxiの窓から桜の花びらが路面に散っている姿が目に入った。
何を思ったのかTaxiを一旦降りた。
国道の脇にある細い小道を真っ直ぐ行くと、 「私有地につき立ち入り禁止」と書かれた錆びた看板と鎖が道を阻む。
俺は、看板を無視して鎖を跨ぎ歩を進める。
道はやがて緩やかな登り坂になる。
登り坂の先には、小さな丘になっておりS市全体を見渡せる。
突然強い風が吹く。
桜の花びら達が、解放され風に吹かれ、まるで踊っているようだ。
やがて、花びらは重力の法則によりゆっくりと躍りを止め地面に眠る。
この場所は、この街に住んでた時の俺のお気に入りの場所だった。
小学生の時朝のジョギングの途中に、今日と同じ様に桜の花びらに導かれる様にこの場所を偶然見つけてからは、一人になりたい時や考え事がある時は、ウォークマンと本を持ってよくこの場所に来ていた。
ここから見える街の景色が好きだった。
あの一番大きな桜の木の下で良く寝転がっていた。
そして気がつけば、静かに眠るあいつの寝顔が隣にあった。
いつからだろうこの場所に二人の笑い声が響いてたのは?
記憶のずっと奥に固く鍵を掛けていた何かが一気に漏れだす。
二人の思い出に頼るのを頑なに拒んでいた俺は、この場所をあの日からずっと遠ざけて来た。
あれから色々変わったがこの場所だけは、何一つ変わらない。
今にも、
「継人。」
と俺を呼ぶあいつの声が聞こえてきそうだ。
大きな桜の木に何気なく手を触れてみる。
「私この大きな桜の木が一番好きだな。」
この場所にあいつと初めて来た時の記憶がフラッシュバックする。
俺が理由を尋ねると、
「何か継人に似てるから。」
「何だよそれ?馬鹿にしてんの?」
「ううん…他の桜の木よりもずっと昔からこの場所に立ってたと思うんだよね。ずっとずっと一人ぼっちで。けどこの桜の木はこんなにたくましく今でも生えている。凄く力強くて優しい感じがするの。」
あいつは、そう言うと今の俺と同じ様に桜の気に触れ
「けどやっぱり淋しそうだから、今日からこの木の下は、私のお気に入りの場所にするの。」
「ふーん。でどこが俺と似てるの?」
「この一人だけ堂々としてるのに寂しがり屋なとこがそっくり。そんな寂しいがり屋には、私が必要でしょ?」
自信満々に言い切る君の姿が浮かぶ。
彼女が来る前からその木の下は、俺のお気に入りだった。
一番大きな木は、一番大きな影を作り昼寝するには丁度良かったから。
けど何か恥ずかしくて、あいつにそんな話ししなかった。
それからこの場所は、二人だけの秘密の場所になった。
けど今は…
これ以上この場所にいるとさらにあいつの記憶が甦るようで怖くなった俺はTaxiに戻る。
桜の花びらが宙を楽しく舞う時間は、短く限られやがて地面に落ちるともう二度とその花びらが宙を舞うことはない。
それでも、その一瞬の姿は、人々の記憶に焼き付き心を魅了する。
俺にとってあいつは、桜の花びらの様な女だった。
地面に落ちた桜と同じで二度とあいつが俺の名前を呼ぶ事はない。
それでも、俺はお前の記憶に依存しそうになる。
俺が知ってるどんなドラッグよりも甘く依存性が強い…