K市内からS市に帰郷するには、陸路よりも航路の方が短時間ですむ。
俺は、タクシーを捕まえ、港へと向かった。
もう何年もS市には、帰ってなかった。
いや違う、正直なところ帰りたくなかった。
あの土地には、あいつとの思い出が多すぎる。
ただの国道一つとってもあの頃の記憶が蘇ることが恐かった。
そして、俺は蘇った記憶に溺れない自信はない。
誰だってそうだろう?
溺れると解って深い海に、近づかない。

港に着くと、日曜日と言うこともあり、子供連れの若い親子やカップルや観光客の皆さんで賑わっている。
多分この中で一番憂鬱な人GPを開けばぶっちぎりの優勝だろう。(苦笑)
キップ売り場のお姉さんにお得意の営業スマイルのおまけ付きでチケットを購入した。
船の出航時間まで十分を切っていたので、少し早足で乗船した。

船の出航に合わせて船内アナウンスが流れる。
目的地まで30分、時計は、午前9時45分を指していた。
とりあえず、デッキに出て喫煙所に向かった。
ふと周りに目を向けると自動販売機の前に3歳ぐらいの男児がじっと自動販売機を物欲しそうに見つめている。
昔の自分の姿とダブって見えた。
幼い時の俺も、ただああやって何でも物欲しそうに見ることしか出来なかった。
気がつけば、男児の隣に立っていた。
「何が飲みたいの?」警戒されない様に笑顔で話しかけてみた。
男の子は、急な俺の申し出に少しビックリしたみたいだが、右手の人差し指で愛くるしい猫か犬か解らないキャラクターが描かれたジュースを指指す。
俺は、そのジュースとその隣の栄養ドリンクのビンのボタンを押した。
「ほい。」
男児に、ジュースを差し出すと黙って受け取り何処かへ走って消えて行った。