目を開けると、白い天井が見えた。
もう、何日目だろう?
それすら、解らない程この白い天井が私の日常に取り込まれていた。
人間が生きる上で最も大切なものは何ですか?
酸素?お金?食料?日光?恋人?家族?海?空?
希望?
壁に設置された、時計に目を向けると11:47。
窓の外から漏れる光が私に今が昼前だと教えてくれた。
昨日は、11:02
先週は、10:43
日に日に、こうやって目を開けている時間が減っている。
病室のドアが開いた。
ここを訪れる人間は、限られている。
その内の二人の話しを聞くのが今の私に残された小さな楽しみだ。
「気分はどうだい?」
目覚めたばかりの私を見つけると、優しい低い声が微かに届いた。
「微妙です。」
自分の正直な気持ちを声の主に話すと、私の頭を優しく撫でてくれた。
今日は、当たりの日だ。
「微妙なら、大丈夫。一昨日は、最悪だったからね。担当医が嘆いていたよ。」
一昨日は、外れの日で、ここ数日情緒不安定が続く私の八つ当たりの標的にしてしまった。
「ごめんなさい。」
「別に構わないよ。今度彼が診断に来たら、もう少し綺麗な日本語で罵倒してくれないかい?流石に、悪口を訳すのには少し心を痛めるよ。」
「ふふっ、綺麗な日本語の罵倒の仕方なんてしりません。」
私の担当医は、ドイツの方で私はそれを良いことに、毎日積もる不安を彼にぶつけていた。
それを訳しているこの人の姿を想像すると可笑しくて笑いが溢れた。
「言われてみればそうだな。なら今日から、私の方で勝手に綺麗な言葉に翻訳させてもらうよ。」
「ふふっ、有難うござます。」
私は、持てる力を振り絞りベッドに備え付けられたリモコンのボタンを押して、ベッドの角度を少し上げた。
顔が良く見える
深い緋色の瞳と目が合う。
彼は、備え付けの椅子に座りベッドサイドに置かれた本の何冊かを見て難しい顔をした。
「本当に良いのかい?」
私の意思を再確認するが、私の意思はもう揺らがない。
君にもう一度会える可能性があるなら。
「はいっ。お借りした、本を読ませてもらいましたが、それにかけたいと思います。」
「そっか…なら、私に出来るのは君の意思を尊重する事だけだ。」
彼は、そう言って私をじっと見つめた。
本のタイトルは、リセット。
私は、君に会う為にもう一度リセットするよ。