距離にして20cm程だろうか?
間近でこいつの面を見ると記憶の中のあいつが目覚めようとする。
そんな自分に一種の嫌悪感に似た感情が湧いてくるのが実感出来た。
「俺の事は良いから、なんか変わった事はあったか?」
「人が心から心配してあげてるのに…そんなあっさりと。うーん、月曜日の夜にエリさんが来たぐらいで、後は特に何もなかったですよ。」
笑美花は、俺のあっさり味の受け答えに少し不満そうだ。
「そっか…キンヤは?」
「一時間ぐらい前に帰りましたよ。明日、朝早いからって。継人さんの帰りを待ってましたよ。ってエリさんについては特に聞かないんですか?」
別に今更、昔別れた女性について今は、興味を惹かれなかった。
それに、エリが俺と別れてからの活躍は、嫌と言う程メディアが伝えてくれていたのでそれで充分だった。
「そうだな…エリには後で連絡するよ。」
俺の心ない答えを聞いて、笑美花は少し表情を曇らせる。
その表情がラストへと進める為の心のアクセルを踏む事に少し躊躇させる。
「急で悪いけど、明日店を休店しようと思うんだ。」
「えっ?」
この店をオープンさせてから、休店日の日曜日を除き一度もお店を閉めた事など無い俺の発言に驚くのは、ある程度予想出来た。
そんな驚く笑美花に構わず俺は、アクセルを強く踏んだ。
「お前、花見行きたいって行ってたよな?」
「言いましたけど…」
「明日、連れてくよ。」
「!!!!!!!」
笑美花は、口を押さえて、声にならない声が漏れるのを押しとどめていて。
そして、深呼吸を一回して俺の顔をじっと見つめる。
「本気で行ってますか?」
「俺が、お前に嘘ついた事あるか?」
俺を見る目が若干細くなったのを見てとれた。
相当警戒されてるみたいだ。
「嘘はないですよ。本当に明日花見に連れってくれるんですか?」
「あぁっ…」
俺の愛想の無い短い返事に反比例して、笑美花は口元を少し緩めた。
「有難うございます。うわぁっ、継人さんから花見に誘われるなんて、一瞬ドッキリかと思いました…」
笑美花は、俺に対してとても失礼な言葉を話している途中に何かを思いついたかの様に、カウンターの奥に置かれた、自分の携帯を取りに行く。
「あっ。良かった。明日、台風の予定ではないみたいです。」
「?」
「いや、継人さんがこんなに私に優しいから、もしかして明日、台風なのかもと思って、心配になって。」