麗人は、私に不機嫌の理由を話し始めた。
まず一つ、例え経営者だろうが、会社の役職者だろうが、営業時間中は、一社員に変わり無く、全て平等で、優先すべきは、お客様だと言うこと。
もし、話しがあるなら、お客様に負担のかからない営業外にして欲しいとの事だ。
そして、もう一つ自分の所属する組織のしかもTOPがそんな当たり前の常識が解らない人間だったって事が理由らしい。
「ふふっそれは、失礼な事をしたわね。」
「何がそんなに可笑しいんですか?」
つい笑みが零れてしまったみたい。
この数少ないやり取りの中にも、継人の真面目な人間性が伺う事が出来たのが嬉しくて。
「経営者として、立派な従業員が働いてくれていて、嬉しくてね。」
私は、席を立ち、名刺入れから名刺を取り出し継人に渡した。
「営業時間が終わったら、連絡して。勿論仕事の話しなので必ず連絡する事。」
「了解しました。失礼な態度を取った事はお詫びします。失礼します。」
継人も立ち上がり自分の非礼を詫びると颯爽と他のテーブルへ向かった。
マネージャーが私に気付いたのか慌てた様子で、駆け寄って来た。
「もうお帰りになられるのですか?」
「貴方も気を使わないで良いのよ。営業中失礼したわね。」
私は、マネージャーに軽い挨拶を済ましお店を出た。
さっきまで我慢していた感情が一気に込み上げて来た。
季節は、夏から秋に変わろうとしていて、少しだけ冷たい風が私の熱を冷ましてくれた。
継人の事を思い出す日なんて今まで一回も無かった。
彼を産んでから、さっき再開するまで一時でも継人が私の心の中から消えた事が無かったから。
それにしても、麗人さんに似ている。
あの深い悲しみを帯びた様な緋色の瞳なんてソックリだ。
無表情で理屈的な所もどことなく似ている。
そんな小さな発見が私は、嬉しくて。
何よりもう二度と会えないと思っていた我が子に会えた事が本当に嬉しかった。
さてと、営業時間終了まで、私も一仕事しますか。
私は、本社ビルに戻り、明日の会議の資料をチェックした。
その時間は、特に苦痛でもなく、それどころか、継人からの連絡が待ち遠しくて、胸が少しワクワクしていた。