「経緯や理由等関係なく、私は一度あの子を手放した時から、母親である資格は無いと思います。さっき書斎に通される前に継人を遠目で見た時は、この決心が正直揺らぎました。今すぐにでも抱きしめてあげたかった。そして、そのままあの子を連れ去りたいと思いました。」
千尋の瞳が潤む。
千尋は、今にでも泣き崩れてしまいそうな自分を必死に堪えていた。
「母親である事に資格等いらない。そんな事を言ってはいけない。」
「ふふっ相変わらず優しい人。けど、これ以上私達の勝手な都合であの子を振り回す気になれないわ。それに、父親の貴方もいる事ですし。」
千尋は、優しく微笑む。
私なんかよりもずっと冷静だ。
自分が恥ずかしくなる。
「その事なんだが…」
「東城さんの事ですね。きっと継人がもっと成長すると解りますわ。母親の私が言うんですから間違いありません。継人は、貴方の子供です。」
千尋は、私の心を見透かした様に話して聞かせた。
少し驚いたが、彼女の真っ直ぐな瞳を見ると、心の奥にあった小さな疑問も消えた。
それから、私達は、継人の今後の事や千尋のこれからの事等を話し合った。
親と言う存在は、不思議なモノで私達二人の考えに多少の違いはあれどどれも愛する我が子の幸せを願う思いに通じていた。
千尋は、大学を卒業したら、こんな事があった後でも自分を支えてくれた東城氏の元に身を寄せるつもりの様だ。
千尋にも、そうやって自分を支えてくれる存在が出来て嬉しくもあり、少し寂しくもあった。
ただ、東城氏なら今度こそ千尋を守ってくれると信頼出来るので、安心出来る。
話しも一通り終わった頃、書斎の外で何やら揉めている様な声が聞こえた。
そして、書斎のドアが開くと、紗耶香が凄い勢いで千尋に近づき平手打ちをした。
一瞬の出来事でそれを防ぐ事が出来なかった。
「千尋さん、貴方はもう黒川の人間ではありません。即刻にここを立ち去りなさい。」
今迄私が見たことの無い般若の様な禍々しい表情と剣幕で紗耶香は、千尋に暴言を吐いた。
千尋は、叩かれた頬を抑え、紗耶香を哀れむ様に悲しい表情で見つめていた。
私は、即座に二人の間に割って入り、目の前の紗耶香を窘める。