フェリーの中で、紗耶香はこの幼子を養子に迎え入れる様に私に提案して来た。
紗耶香には、多分紗耶香の思惑があったのだろうが、私も私なりの思惑があり、承諾した。
紗耶香との相談の上、千尋から剥奪していた序列を産まれた名もない子供に与える事にし、名前を継人と名付けた。
紗耶香は、黒川家の古い仕来たりに通じていて、一族が困惑すると反対したが、既に私の頭の中で一つの考えがまとまっていた為、反対を押し切った。
黒川家は、代々偶然にも、名前の一文字に人を冠する者が歴代の当主に任命されていた。
日本では、珍しく長男が必ずその家督を継ぐと言う仕来たりでは無い。
私の場合は、正妻の子供が唯一私のみだったから、そのまま黒川家を継いたが、父の代では、三男だった父が事故で早くに亡くなった二人の兄の変わりに当主を勤めていた。
因みに父の名は、明人だ。
亡くなった兄二人には、偶然にも人と言う文字が与えられなかった。
他の歴代当主候補の中でも不思議と人と言う文字を与えられなかった者は、誰一人と成人を迎える事無く、他界していた。
もしかしたら、私が知らぬだけで黒い陰謀があったとしても、あまりにも偶然過ぎる。
亮が成人を迎えた時は、一族の者が総出で彼の成人の儀を祝い、古い仕来たりから解放されたと大袈裟に喜んでいた。
ただ、亮は、私の実子では無く黒川家の血を一切引いていない。
それが、一因なのか私には、解らないが、黒川家が背負うべき業を持って産まれて来てなかったのは、事実だ。
私は、人の名前と言うモノには、非科学的だと思うが様々な思いが込められていると思う。
そして、それがその人の人生を左右する事もあり得るのかも知れない。
私が、君に名付けたこの名前のせいで深い業も背負い生きていかなければならないと思うと胸が締め付けられる。
ただ、継人、私の付けたこの名前によって君が私の事を怨み、嫌悪していてもかまわない。
それでも、ただ君に幸せになって欲しいと思いこの名前を敢えて授けよう。
ケイト、君の孫に当たるこの幼子は、君の思い、そしてこの場にいない千尋の思い、真尋さん、アルマ、そして、私の思いを未来へと継承して行く人へと育って欲しい。
継人、私は君の為なら、どんな地獄にでも落ちよう。
決して、私の事を憎んでも、君の母や、祖父の様にこの世界を愛し、その思いを受け継ぎ、またその先の未来へとつないで欲しい。