「唐突で申し訳ないですけど、今から私が指定する場所に来て下さい。」
千尋の声の様子から、彼女が極度の緊張状態だという事だけは読み取れた。
千尋は、K市の外れにある教会の住所を告げた。
「千尋、ちゃんと説明してくれないか?」
「本当にごめんなさい。詳しい事は会ってからお話しします。最後に一つだけ、この子は、麗人さん貴方の子供です。名前は、まだ決めていません。貴方にこうやって連絡がついたのもきっとこの子のおかげ。待ってますね。」
そう言って一方的に電話が切られた。
千尋の様子から、事態は一刻を争う緊急状態だと察した私は、佐土原に車を準備する様に言付ける。
千尋とその産まれたばかりの小さな命を保護する為にK市へと向かった。
行のフェリーの中で現場整理に勤めた。
千尋が身籠っていたのが、まさか自分との間に出来た子供だとは…
だが、不思議と私の心は不安よりも、その小さな命を保護する使命感で一杯だった。
長い人生の中で、自分とは無縁と思えていた、実子の誕生を知った。
港で、タクシーに乗り込み、千尋の指定した教会へと向かった。
タクシーの中で、妙な胸騒ぎがした。
教会に着いた私を待っていたのは、妻の紗耶香とその紗耶香に抱かれた、臍の緒も着いたままの小さな命だった。
千尋の姿は、既に無かった。
紗耶香に説明を求めると、困惑する私とは、正反対に冷静に状況を説明した。
紗耶香の話しでは、千尋は恋仲にある男性に隠れてこの子を出産して、紗耶香にこの子を託して姿をくらます事になった様子だ。
紗耶香の淡々と話す様子が少し恐ろしかった。
話しの辻褄が合致してなかったが、小さな命を保護する事を第一にと考えて、敢えて指摘せずに二人をタクシーに乗せて港へと向かう。
千尋の安否を気遣いながらも、この小さな命の今後を考えていた。
紗耶香の様子を見る限り、腕の中で眠る子供が私と千尋との間に産まれた事実を知らない様子だ。
私は、紗耶香の腕の中の小さな命の今後について頭を巡らす。
千尋の話しが、本当ならこの子は、この世界で唯一の黒川の正統継承者である。
ただこの真実を知る人間は、今現在、私と千尋の二人のみだ。
今黒川家では、次期当主を誰にするかの、身内の間でも醜い権力争いが兄弟の間で起きてる最中に、この子の存在は、あまりに危う過ぎる。