誰も自分の未来を予見出来るモノ等いない。
しかし、自分の未来とは、自分が生きる今の積み重ねの結晶で、自分次第で、宝石の様に綺麗に仕上げる事も可能で、その逆も然り。
奈美との短くも、濃密な時間を経て、久しぶりに黒川の屋敷へと帰った私を待ち受けていたのは、私の想像を遥かに超える現実だった。
書斎で、仕事をこなしていた私の元に、執事の佐土原が訪ねて来た。
その日の彼は、酷く申し訳なさそうに私に、話しを切り出した。
「旦那様に非常に申し上げにくいのですが、どうしても耳に入れておきたい事がございます。」
佐土原とは、随分長い付き合いだが、彼がここまで神妙な表情で私に話しを切り出す事は、初めてだった。
いつも冷静な佐土原なだけに、これから報告される話しの重大さが伺えた。
佐土原は、十数枚に纏めたレポートを私に手渡した。
そのレポートには、千尋と千尋の援助をしていた東城氏と紗耶香の事が綴られていた。
ここで東城氏について少し触れておこう。
東城誠、42歳、ここ数年の日本の高度経済成長に伴い、K市で頭角を現した青年実業家で、K市内に飲食店、BAR、キャバレー等の事業を手がけている。
真尋さんとは、遠い血縁関係にあたり、彼がアメリカの大学に留学していた頃に交友関係があった様だ。
そして、その東城氏と千尋が現在恋仲にあるという事。
そして、そんな東城氏と紗耶香が私の知らない間にコンタクトを取っていた事がレポートにまとめられていた。
そして、千尋が小さな命を身籠っている事が綴られていた。
私の頭の中に小さな不安の種が埋め込まれた。
私は、その種を摘みとるべく、紗耶香に話しを聞く事にした。
佐土原に紗耶香を書斎に呼ぶ様に言付けると、思わぬ返答が帰って来たのだ。
佐土原は、私に申し訳なさそうに、紗耶香がここ何日か屋敷を離れて、K市に滞在している事を告げた。
頭の中の小さな種が芽吹いた。
どうやら、私の思っている以上に事態は、進んでいる。
次の一手を考えてる中、書斎の電話が鳴り響く。
受話器を取ると、若い女性の激しい息遣いが聞こえて来た。
「もしもし…」
聞き覚えのある声が暫くして耳に届いた。
「良かった。」
「千尋なのか?」
「はい。」
「今丁度君の事を佐土原から、報告を受けていたとこだ。」
「そうですか…」
今にも消えてしまいそうな、生命力の無い返事が返って来た。