彼女が怒る理由も解っていた。
時計の針を少し巻き戻してみよう。
彼女の笑顔が昔愛した女性の生き写しの様で妙な感覚に襲われた。
そんな私の事など御構い無しに彼女は私のシャツのボタンを手際良く外し始める。
そう言えば、最近の若い女性は積極的だと聞いた事があるが…
「早く脱いで下さい。血痕はシミになりやすいんですよ。」
「あぁっ。」
私を残し、彼女はシャツを片手に部屋の奥のドアへ消えていった。
私は、逃げるよ様に静かに部屋を出た。
そして、街道でタクシーを捕まえてホテルへ。
そして、現在へと至る。
何故彼女に黙って部屋を出たか等解らない。ただ本能的に彼女から逃げた。
それにしても、随分早い再開だった。
「あっ。すいません。桜木奈美と言います。宜しくお願いします。」
私の余所余所しい挨拶が効いたのか、目上の人への態度に改めてくれた。
私の思惑通りだが、少し心が痛んだ。
「昨日は有難う。けどまだ両頬の痺れが取れないんだ。」
彼女の小さな耳に囁く。
彼女は、エッと少し驚き私を見たので彼女の緊張を解す為、精一杯の作り笑をした。
「もうっ。止めて下さい。」
「ははっすまない。この歳になってまさか女性に平手打ちをされるなんて思わなかったからね。」
「ふふっ。可笑しな人。私も人生で初めてあんな事しちゃいました。だから昨晩は…」
私は、彼女のその小さな唇の前に人差し指を差し出す。
「しーっ。この事は、君と私の秘密にしよう。」
彼女は、照れ笑いをして小さく頷く。
どうやら、緊張はほぐれた様だ。
少し大人気ない自分の行動を反省した。
私の勝手な都合で、彼女に過度の緊張を与えてしまった。
彼女とのわだかまりも少し柔らぎ、私達は目的の視察の為に歩き出す。
「私、今日は少し貴方と会う事楽しみしてたんですよ。」
「そうなのかい?何故私なんかに?」
「医学会では、ある意味有名ですよ。ここ数年、ノーベル賞受賞者の支援には必ず貴方が関わっているのに、公式な記録には、不思議と名前が記されてないんですよ。私達学生の間でも、謎の多い人物だと話題でしたから。」
「私は照れ屋だからね。で、実際会って見てどうかな?」
「うーん。もっと厳格な人をイメージしてましたが、こうしてお話ししてみると、少しお茶目な紳士って感じですね。けど…」
「けど?」
彼女は、立ち止まりじっと私の顔を見つめた。