自分が病んでいる事なんてとうの昔から気づいていた。
いつからだ?
華奈と別れた時か?
沙耶香が壊れた時か?
ケイトが亡くなった時か?
千尋を抱いた夜か?
違う。黒川家に生を受けた時からだ。
私の成長に伴い、周りの人間が過度の期待を私に始めた時だ。
私の容姿は、肖像画にある初代史人によく似ていた。
史人の再来と周囲の人間達の期待を裏切らない様に、努めて来た。
そうしている内に、自分と言う人間が一つ一つ削られていく様な感覚に襲われた。
そして、今の黒川麗人と言う史人のなり損ないの成れの果てが今の私だ。
そんな偽物の私が華奈や沙耶香や千尋を幸せに出来る筈もない。
別に黒川の人間を憎い訳では無い。憎むなら、足らぬモノばかりの弱い自分だ。
そんな風にいつもの様に、桜を見つめながら自分を責めていた。
「止めてよ!!」
若い女性の声が静かな並木道に響く。
「良いだろ?少し付き合えよ。」
「約束通り、今日の大会で優勝したんだ。」
「そうだ。お前等弱い日本人は、俺達アメリカ人の言う事を黙って聞けよ。」
何処にでもいるものだ。女性の口説き方を知らぬ若い男が。
私は、自ら厄介事に首を突っ込む事は無いが、桜の花が若かりし頃の私を呼び覚ましたのか声の方向へと足を進めた。
アメリカンフットボール?いや今日開かれていた大学生のラグビーの大会に出場していたであろう屈強な男三人と、話しを聞いた限り日本人だと思われる若い女性が街灯が設置されていない暗闇の中で揉めていた。
アルコールのせいもあり少し好戦的な私は、気配を消し一人の男性の背後へ近づくと、右手を掴み背中へと捻り上げた。
「アメリカン人は、女性の口説き方がこんなに下手なんて、長い人生で初めて知ったよ。」
男は突然の出来事で戸惑う周りの者を他所に私に捻られた右手から来る激痛により、悶絶していた。
「イタっ!何だよ?離せ。」
私は、男のリクエストに応え手を離し、背中を蹴って前方の仲間の元へ大きな身体を返却した。
「なんだよ?あんた日本人か?」
「そうだね。でも都合上アメリカの国籍も持ってるが。」
「おいっ!こんなおっさんさっさとのして早くずらかるぞ。」
リーダーと思われる男がイノシシの様に、ラグビーで鍛えたタックルで私に突っ込んできた。
私は、痛みを楽しむかの様に、その巨体を背中の桜の木を支えにして受け止めた。