千尋の捜索には、思わぬ時間を要した。
その間、私は非情に思われるかも知らないが、いつもの悪い癖で忙しさの中に身を投げていた。
千尋が寮から、姿を消して間も無く三ヶ月が経とうとしていた。
私は、k市で行われる、医学会に参加していた。
学会が終わると、参加者達数名で、k市内の料亭で食事を取る事になった。
そこで、地元の参加者数名の間で興味深い話しを聞いた。
彼達が話していた内容は、彼達が今夢中になっているBARの若い歌姫の話だった。
その、歌姫はここ数ヶ月の間にk市内の繁華街の外れの小さなBARに突然現れ、k市の男性の心を鷲掴みにしていると言うのだ。
彼女の特徴が私の知っている千尋の特徴と一致していたので、私は彼等にそのBARの場所を聞き、こうして今その現場に来ている訳だが、勢いにまかせて来てみたが良く良く考えてみると少し冷静さを欠いていた様にも思えた。
それに、もしその歌姫が千尋だったとして、私はどんな言葉をかけてあげれば良いのだ?
いや、それよりもどんな表情をすれば良いのか?
ドアの前でただ佇む私の姿は、滑稽なモノだろう。
並木道を歩く人々の目線が刺さる。
私は、深く考えるのを辞めドアを開けた。
店内を見渡すと、カウンター席が十席程度に、少し開けたスペースに大きなグランドピアノが設置されていた。
心地よいJAZZのリズムとそのグランドピアノの側で唄う歌姫の美しい歌声が耳に入って来た。
私は、かけていたコートを脱ぐと左手に持ち、そのまま、空いているカウンター席に座る。
マスターにブランデーをロックで頼んだ。
その間、私の視線は、他の店内のお客と同様、美しい歌姫へと向けられていた。
歌姫は、私の聞き覚えのある硝子の様に透き通った高い声を、その小さな身体を震わせなが唄っていた。
そう、歌姫の正体は、私の予想通り千尋だった。
彼女は、私の姿に気づいたのかどうか解らない。
ただ、解っていたのは、私の表情は、店内にいる他の男性客と同じ様に、穏やかな表情をしていることぐらいだ。