私は、今、K市にある並木道の片隅の小さなBARの扉を前に、立ちすくんでいた。
アメリカでの最後の夜、千尋の私に対しての気持ちを知った。
そして、千尋のその純粋な気持ちを受け止めてあげる術を知らない私は、千尋を拒絶してしまった。
千尋は、初めて私に拒絶されたのがショックだったのか、彼女から逃げる様にベッドから抜け出した私を、その大きな瞳でじっと見つめていた。
私は、そのまま彼女一人を残し、部屋を出た。
どうしてやる事も出来なかった。
確かに、血の繋がりは無いし父親として私が千尋にしてあげれたモノ等無かったが、それでもそんな仮初めの父親の私が彼女の気持ちに応えてあげる術もかけてあげる言葉もあの時は、本当に思い浮かばなかった。
翌朝、恐る恐る部屋に戻るといつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれる千尋が帰りの支度をしていた。
その自然な態度が逆に不気味だった。
昨日の私を責める事も特にする様子がなかったし、私からその話しを切り出す事も無かった。
きっと、賢い千尋だから、一晩冷静に考えて気持ちの整理をつけてくれたモノだと。
今考えると酷く楽観的に考えてしまった自分が情けない。
帰りの飛行機の中でも特に変わった様子もなく、穏やかに時間だけが過ぎ去った。
空港から、彼女の寮までのタクシーの車内でも、特に彼女に変わった様子を見られなかったし、出てくる会話は、大学の話しや真尋さんの話しだけだった。
無事送り届け、私は、そのままS市にある黒川の屋敷へと帰りつく。
帰り着いた黒川の屋敷はいつになく騒がしい様子でアタフタしていた。
私は、事情を執事の佐土原に尋ねると彼は、酷く申し訳なさそうに、事の粗筋を私に話してくれた。
千尋が、寮から消えたのだ。
そして、家では、警察に捜索願いを出すかどうか、千尋が通っている学校の教論と協議している最中だった。
私は、学校の先生に千尋を休学扱いにするように言い、警察への捜索願いを止めた。
随分無茶なお願いだと解っていたが、相手の理事長には、多額の寄付金を約束して納得させた。
次に、騒ぎ立てる黒川の人間達には、警察への捜索までして、探し当てたとしたら今後の千尋の人生に陰をおとすと説き伏せ、千尋の捜索は、興信所を利用する事を告げた。
当主の私の決断に逆らうモノは居らず、納得していない人間も幾つか見られたが、そんな事は構わなかった。