ドクターは、笑顔で俺を自分の部屋へと案内してくれた。
部屋の中で、秘書と思われる女性がいそいそと電話対応に追われていたが、ドクターが彼女に席を外す様に促すと、ブツブツと小言を言いながら彼女は、部屋を出た。
「さてと、君がわざわざミュンヘンを訪ねた理由を私に教えてくれないか?」
今までの髭面のサッカー狂の顔から、一人の医者の顔になった。
堅苦しいドイツ人のイメージが最初は、当てはまらず少し驚いたが、今目の前にいるのは、会う前に想像していた、老獪な医者そのものだ。
「そうですね。見た様子、お時間もあまり無いみたいですし、貴方が九年前の日本で請け負った手術のレポートを拝見したくてお伺いしました。」
「それは、無理だ。患者のプライバシーに関わるモノだし、医学会でも、この手の手術は凄くナイーブに扱われていて、簡単に外部には漏らせないんだよ。」
想像通りの返事が返ってきて、安心した。
もし、ここで簡単に俺の申し出を受け入れる様なら医者としてのモラルを疑うところだ。
「解りました。ただドクター、貴方に先程言った様に、私は、麗人よりも気が効く性格でしてね。お孫さん、愛くるしく可愛らしい子ですね。あんな可愛らしいお孫さんをお持ちで羨ましい。そして、私は、人より少し心配症なんですよね。今日のスクールの帰りに、誘拐されたりしないかと思うと、今にも…」
俺は、ドクターに出来る限りの笑顔を向けた。
ドクターの表情が医者から、孫を心配するお祖父ちゃんの表情に変わった。
「継人、君は怖い人間だよ。確かに麗人以上に、頭が良く回るようだ。」
ドクターは、今にも噛みつきそうな険しい表情を俺に向ける。
「変に騒がない方が良いですよ。大切な理事長戦も控えてらっしゃるでしょう。」
多分ドクターから見たら、今の俺は、悪魔以上に不気味だろう。
額に浮かぶ冷や汗が、彼の心情を変わりに物語っている。
「流石としか言いようがないな。」
そう言って、部屋に設置している、本棚から、俺の目的のレポートを見つけて差し出してくれた。