その様子をただ黙って見ていた私の背後から活気のある声が聞こえた。
「すいません!どいて貰っていいですか!」
後ろを振り向くと、白い割烹着姿の若い女性が水の入った鉄製の盥を抱えている。
「失礼。」
思わね来客に驚き彼女に道を譲った。
私の横をせっせと通り抜けて行った彼女は、盥を床に置いたと思うとまた私の横を通り過ぎ、すぐ彼女は自分の視界を遮る程積んだ布をせっせと運んでいた。
私は、ただ黙って彼女の様子を眺めていた。
やがて彼女は、自分が運んで来た盥の水に布を浸して絞り病人達の身体を拭き始めた。
先程まで死人かと思うぐらい生気の感じられなかった病人達も、彼女が来た事に気付くと瞳の色が変わって、身体が動く者は彼女の手伝いをし、身体が動けない者も、
「いつもありがとう。」
と彼女を労っていた。
「彼女は?この病院の看護婦かい?」
「あぁ…華奈さんかい?いや。彼女は近所のただの女学生だよ。驚いたかい?」
「あぁ…重度の被爆者は、まともな治療も施してもらえず、隔離され放置されているとさっき目を通した資料にも書いてあったから。」
「そうだな。私も初めはビックリしたよ。この異様な近より難い光景を見て恐れたよ。けど彼女は…っておい麗人!」
俊彦の話しを最後まで聞かず気がつけば彼女に走り寄っていた。
自分でも何故、そんな行動をとったか理解出来ない。彼女は、私の予期せぬ行動に少し驚いて、手を一瞬止めたがすぐに私の事等気にも止めず手を動かし始めた。
「何か手伝える事はないかな?」
また自分でも理解し難い言葉を気がつけば発していた。
彼女は、手を動かしながら
「よろしければそこの布を絞って下さい。」
とだけ指示を出し病人の身体を優しく拭いている。
不衛生な病人の身体に臆することなく、優しい言葉をかけながら身体を拭く姿に目を奪われていた。
「おいっ!麗人!もうすぐ市長との会食の時間だ!」
入り口の方で私を呼ぶ俊彦の声が聞こえた。
「すまないが私は、これで。」
作業中の彼女に言葉をかけたが、まるで私の言葉に反応を示す気配がない。
私は、彼女からゆっくりと離れ俊彦の待つ入り口へと歩を進めた。
「ありがとうございます!」
振り向くと、優しい笑顔を浮かべ可愛くお辞儀をしている彼女の姿があった。
まるで、その姿は小さな天使の様だった。
病院を後にした私は、車の中で俊彦に、
「突発的な行動は控えてくれ!」
きつく叱られたが、私の頭の中は、彼女の笑顔で一杯で、
「ちゃんと話しを聞いてるのか?」
俊彦の機嫌を損ねてしまった。